秋埜

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 そうね……あれはざっと四千、それとも五千年前だったかしら?あたくしはまだ三百余歳のうら若き乙女でしたわ。妖としてはまだまだ駆け出しの小妖怪というところ。
 悪事と言ってもせいぜいが人間の女の子に取り憑いて、村中の男という男の精気を搾り取って廃人にしてやった程度の、かわいいものです。小さな成功でいい気になって油断してしまうのは、若者にはまあよくあることですわね。調子こいたあたくしは、迂闊にも道士の罠にはまって捕らわれてしまったというわけ。
 毛皮を剥がれるくらいのことは覚悟しましたわ。あたくしのこの尻尾を見て欲にかられない人間などいて?いたのですよ。
 あの方は、取り憑いた少女から離れればあたくしに害はなさないと約束されたのです。その言葉にあたくしはうち震えました。そして言われるままに少女の体を離れたのですわ。
 その日から、あたくしは一時たりともあの方のことが忘れられず、あの方の行く後を追いかけました。それはもう情熱のすべてを傾けて。
 どこへ行こうとも付きまとい、ありとあらゆる手を尽くして嫌がらせしてやりましてよ。
 だって許せます?あたくしのこのフサフサのピカピカの尻尾に目が眩まないどころか、たかが人間の分際であたくしに情けをかけやがりましたのよ?許せないでしょう、もう絶対許さないんだから。如何なる手を使ってもこの人間を屈服させてあたくしの足元に跪かせてやる、と。あたくし、心に固く誓いましたの。
 ああ、あの頃は本当に楽しゅうございましたわ、あたくしとあの方と、本気で命の奪い合い。あと一手というところまであの方を追い詰めもしましたし、逆に危うく封印される手前までいきかけたこともありました。
 あたくしはあの方だけを見つめ、あの方はあたくしだけを見つめる。余所見なんて許しません、早くあたくしだけにかかりきりになって欲しくて、時にはあの方のお仕事を手伝いもいたしました。そんな時にはあたくしたち二人、不思議とピタリと息が合ったものですわ。『あんたもまったく分からん奴だな』あの方は呆れた様子でそんな風に仰って、それからにやりと笑ってあたくしに斬りかかって下さったものです。
 至福の時でしたわ。
 だけど楽しいことって長く続きませんのね。
 あの方は優れた道士で、だけどただの人間で、やがて年老いて亡くなりましたわ。最後の最後まであたくしを追いかけて。
『あんたのせいで婚期も逃したし隠居もできなかった。……でもまあ、楽しかったよ』そう言って皺ばんだ手をあたくしに伸ばして、その手がぱたりと落ちて、あの方は逝ってしまわれました。
 美形だったか、ですって?さあ、普通だったんじゃないかしら。何しろ六千年も昔のことですもの、その辺はさすがに大分朧になってしまいましたわねえ。
そんなぼんやりした昔のお話を不意に思い出したりしたのはね、ふふ、何故かしら。確かに言えるのは、あなたと出会った瞬間に、あの方に感じたのと同じ、胸のときめきを覚えたってこと。あたくし、今とてもぞくぞくしてるわ。初恋のあの日々のように、ね。
 さあ、あなた。鬼ごっこを始めましょう。

5/7/2023, 12:14:18 PM