長かった前髪を切った。夏だから。
普段は前が見えないように大事に伸ばしていた前髪が美容師の手により取り払われ、無惨にも足元に散らばった事実を確認して、目の前の鏡から恐る恐る美容師の顔を見てみたら、別に鬼の形相などしていないもんだ。
そんな事は普通の人からすれば当然の事なんだけど、人の顔を直視する事が苦手な自分からすれば決して当然でもなんでもない。長い前髪は心のシャッターだった。
目の下のクマがハッキリしてしまって、そろそろちゃんと寝ようなんて思い始める。隔絶された家の中だけでは時間が無限にあるものだと勘違いしてしまうから。これも当然だけど、自分にとって当然ではないこと。
美容院を出てからすぐ、炭酸のような香りがした。それが自分の髪から発されていると気付くと、なんだか気になって空へと視線を傾ける。
当然、香りそのものなんて確認できない。
代わりにうっすらとした雲が浮かぶ青い空が広がっていた。
目に優しいブルースクリーンを見ているようで、馴染み深い景色のようにも思えたが、すぐに紫外線の強さから目を背ける。あー目が痛い。将来、夏が無くなればいいのに。
ハッキリ物が見えるのってうざいなぁ。嫌だなぁ。
ムシムシした季節、自分はずっとウジウジの季節。
とりあえず、早寝早起きから始めよう。
決断するには充分な眩しさだった。
7/16/2023, 11:08:43 AM