2024/06/22
『毛染めの話』
宮沢 碧
※動物に対して、虐待表現ともとれる表現があります。でも、そういうつもりではありません。どうぞあしからずお願い致します。
「あのさー、変えたい」
「なにを」
コーラのペットボトルに蓋をしながら真純が言った。
「ペット?」
「……はぁ。好きなの選べばいいでしょう?だからゼロカロのものやめておきなよって言ったのに。パァンタグレープでよければ私の残りあげるけど」
イチはゼロカロリーの炭酸飲料を指さしてから自分の残りのペットボトルを真純に差し出した。
優等生のイチは、席替えで隣になってからというもの、校則ギリギリの茶髪に染めた真澄から放課後共に過ごすことを最近のブームのように感じられていた。一方的に机を寄せてきては、塾までの間、放課後本を読むイチに話かけるのだ。イチも不思議とそれを受け入れていた。人のペースを乱す、そんな魅力が真純にはあった。不思議と愛される素養というか。
そんな真純は今日はいつになく真剣な顔をしている。
「違うよ。チャチャ。ペットの色を変えたいの」
「はぁ?なにを言ってるのよ」
思わずイチは本から視線を外して真純を見る。真純は片方だけ頬杖をつきながら、イチと目を合わせる。
「うん……」
「うん、じゃないわ。……だいたいチャチャって毛の色から名前とったよね?」
「うん! 覚えてくれてたんだ!うれしい!」
「そうじゃなくて。それが一体なぜ突然どうしたのよ」
好きな色で部屋をコーデしていると犬の色まで変えたくなった。そういうことらしい。
「好きな色に染めたいっていうか、愛してるからこそ染めたいっていうか。愛を込めてるんだよ」
イチは本を閉じた。
「極論だけど、毛染めしたら?ペットサロンでやってくれると思うわ」
「その手があったかぁ!さすが!おすすめのところある?あんまり負担がない感じの」
相談した甲斐があったらしく、真純はハーフアップにした髪を揺らしながらとても頷いて、すぐさま左手に持っている端末で調べ始めようとする。
「人間と同じでもしかしたらそういうところもあるかもしれないわね。調べてもいいけれどひとつ言ってもいい?」
一呼吸置くことで真純の視線を集めるとイチはゆっくり口を開いて言った。
「チャチャが話せたらこういうと思うわ。ご主人、それらエゴというものです」
「えっ、なんでエゴ!?」
「そ。彼氏に髪の毛の好みがピンクだから、ピンクに染める為に最高級の美容院予約しておいたって言われるようなものよ。真純はどう?」
「あたしはうれしいかも」
イチは思わず目を見開く。瞠った目を元に戻してからなんだか真純らしいなと笑った。
「そうだったわ。あなたはそういうタイプだったわね。でもね、私はそう言われたら急に目が醒めると思う」
今度は真純が驚く番だった。真純は頬杖をついていた手を机に下ろした。
「なんで?」
「自分でいる意味がないから」
イチの口からは自分が思った以上に冷たく、力のこもった声が出ていた。
「なんで?」
真純は心から不思議そうだ。
「そういう人は他のところも色々変えたくなる、そしたら私というアイデンティティが消えていく気がする。自分が望んでするならいいけれど、自分が否定されていくのが嫌なのかもしれない」
「そうなんだ。……あたしは、好きな人の好みになれるならどんどん自分を変えたいかも」
真純には真純の考えがある。ふっと自分に返ったようにイチは目元を緩めて目の前の友に対して口調を和らげてみせた。
「好みの違いだと思う。チャチャに聞いてみたらどう? 答えてくれるかわからないけれど」
「そっか!写真撮って上から塗ってみたらっぽいのわかるよね。ピンクにした毛のチャチャと今のままのチャチャ。どっちの写真も見せて自分で選んでもらお!」
「個人的には、反対だから。毛染めの話。そのまま好きと愛の話に似てる。この本、貸してあげるわ。あなたには難しいと思うけれど、読んでから決めても遅くないと思う」
イチは真純に一言だけ言葉をつぐんで、自分が読んでいた本を手渡した。
「ありのままの私を愛してあげてほしい」
そう言いたいのは誰にだったのか。イチは『もう行くわ』と帰る支度を始めた。
お題 好きな色
6/23/2024, 2:20:48 PM