もんぷ

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素足のままで

 黒のシンプルなハイヒール。形が綺麗なそれはお気に入りのブランド物。埃ひとつないシューズケースからどのヒールにしようか迷うのは毎朝の楽しみだ。今着ているミニ丈のワンピースとブランドが同じだし今日はこれにしよう。コツコツとアスファルトを鳴らすヒールの音が好きだ。いつだっけ、まだ小学校に通う前、パパの会社の集まりに連れて行かれた時、同い年ぐらいの男子に言われたチビの二文字。バレエを習っていたから長い手足に憧れていた私は初めての侮辱にショックを受けて固まってしまった。すぐにその子の親らしい人が血の気が引いたように謝ってきたから大丈夫ですと笑いかけることができたが、その呪縛が消えることはなく、いつしかヒールの高い靴を好んで履くようになった。

 靴を脱ぐのは嫌いだ。ありのままの自分の身長を曝け出すのが怖い。普段見下ろすようにして威圧感を与えていた男たちの前で、弱い自分を見せる訳にはいかない。それに、とても惨めに思えるから。ヒールを履くことで大人の女性になったと思っていたのに、靴が脱げると途端に魔法は消える。シンデレラだってわざわざガラスの靴を履いていない姿を探されたくなかったと思う。私はシンデレラになんかなってやらない。綺麗な靴を履いて、着飾って、王子様なんて探さずに一人で女王様になってやる。そう意気込んで今日も姿勢を伸ばして街を歩いた。

8/27/2025, 10:04:19 AM