一尾(いっぽ)in 仮住まい

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→短編・ハテナの茶碗

「それでいい」
親方は言った。
褒めてくれたっぽい。
でも、え、えーっと、……どれ?

――親方は、誰にも真似できないくらい高い技術を持つ陶芸作家だ。
親方の華麗な作品に憧れるし、その超絶技巧には心から尊敬している。
弟子を取らない親方に頼み込んで、やっとのことで弟子にしてもらって、はや3年。
親方の技術を横目で覚えては、仕事の合間を縫って、小さな茶碗を作り続けた。
丹精込めて作った茶碗は、自分にとっては名作だが、拙いものばかりだ。
水漏れしないだけマシである。いや、有名な落語なら、水漏れしてても名品扱いで買い手がつくかもなと、そんな捻くれたことを考えながら、自室として借りている離れに、すべて飾った。
滅多に離れを訪れない親方が、さっきやってきた。
翌日の仕事について簡単な打ち合わせをしたあと、親方は部屋に並んだ俺の茶碗を、どれとなく見ていた。小さく頷く。
なんか言われるかなと思ったが、難しい顔をしたまま立ち去っていった。
夕飯のあと、俺が片付けに立ち上がったとき、読みかけの新聞から目を離すことなく親方が呟いた。
「お前のあれ、それでいい」

――俺の頭はハテナでいっぱいになった。
親方の「俺の背中を見て育て」システムにも随分と慣れたつもりだった。
しかし、親方の「それでいい」は、弟子としての姿勢か、茶碗のどれかなのか、それとも別の何かなのか、まったく見当がつかない。
それこそ、はてなの茶碗だ。意味を読み違えたら大爆死。
「ありがとうございます」
頭のなかで増え続けるハテナの水漏れに四苦八苦しながら、俺はそう答えた。

テーマ; それでいい

4/4/2026, 2:42:24 PM