善人はすぐ死ぬ。
聖典に書かれた救世主たちも、ザネリを助けたカンパネルラも。
我が身の危険より、他人の涙を拭うことを尊ぶから。愛される己の命の尊さを知りながら、それを投げ出す勇気があるから。
私は違った。他人の涙は距離を取るべき面倒事でしかなく、己の命に価値も見いだせずとも差し出す気などない。目的も目標も特になく、運に任せて死ななかった体を、目覚めてから眠るまでの間、社会の枠組みに合わせて動かしているに過ぎない。
善良な、無辜の、悪事をリスクと捉えただけの、取るに足らない換えのきく、そこらへんの一市民。
長く、生きてきた。
同級の友人は皆旅立った。若いと思っていた倅にも先を越された。孫の顔は大人びて、ひ孫は幼い顔しか思い出せない。
何を手に入れ、何を手放しただろうか。幼少の時分は義憤に満ちていたが、立派な人間にはなれなかった。
君のようには。
悔しい。私でなく、君だったなら。この世はもっと、善きものになったのではないか。悲しい。私では到底、君の代わりは務まらない。虚しい。君のいない世の中に、君を探して生きてきた。
もう、赦してくれないか。君の善良さは、私には呪いだった。一人、囚われたまま眩しい君の影を引きずって、私などを責めるはずもない君に、無意味な懺悔を繰り返す。
胸が苦しい。霞む目が痛む。忙しない足音と機械音、私の名を呼ぶ声。
引き止めないでくれ。私は、私を私として、結局は私だったと、私は、私は、ただ、憧れていたのだと。
ああ、君はなんて、美しい。
【安らかな瞳】
3/14/2026, 11:11:48 AM