中高年にもなると、あらゆる物事が記憶に残りにくくなる。
芸能人の名前、読めるけど書けない漢字、昨日何を食べたのか、ついさっきまで触っていたスマホをどこに置いたのか。
…思い出せない。
危機感を募らせて脳トレ本を買ってみたけど、3日坊主でその後手付かずになって、脳トレ本はどこへ行ってしまったのか。
…ダメ人間だなってほとほと情けなくて哀しくなる。
偶然、駅構内で中学校の同級生を見かけた。
私も急いでいたし、彼も急いでいたようで、早々に電車に乗った彼を見送ることしかできなかった。
でも、思い出したの。
私と彼が1年A組だったこと。
男女で振り分けられた名簿番号が近くて、ゴールデンウィーク明けまで席が隣同士だったこと。
シャーペンや消しゴムを貸してあげたこと。
「犬が好きなんだね」って笑ってくれたこと。
2年生、3年生とクラスが別々になって彼との接点がなくなった。
だけど私は彼の目に留まりたくて、得意だった長距離走を頑張って、市民陸上大会や市民マラソン大会の選手に選ばれるようになった。
彼も選抜陸上部。会話することはなかったけど、放課後同じグラウンドで練習メニューをこなす。
幸せだなって思ってた。
卒業式当日、校舎の隅で彼は女の子とふたりで写真を撮っていた。
同じ選抜陸上部で走っていた同級生。
真昼間の校舎がセピア色に染まり、音が聴こえなくなった。
彼と私は別々の高校に通った。
だけど通学に利用する電車は一緒の路線で乗り込む駅も同じ。
同じ車両で彼を見かける日々。
彼は卒業式の日、写真を撮っていた彼女と通学していた。
ふたりはいつも楽しそうに寄り添っていて、私は吊り輪に捕まりながら電車に身体を持っていかれないようにいつも踏ん張っていた。
どうしてこんなにたくさん思い出したんだろう。
中学と高校、片想いしていただけの彼に。
——それは初恋だからに違いなくて。
目が合った、喋りかけられた、些細なことで喜ぶ自分がとても好きだった。
だからきっと、たくさん思い出したんだろう。
本棚を漁る。
棚の奥に入り込んでしまったのかもしれないし、薄い本だったから、別の本の間に挟まってしまったのかもしれない。
あった。
なくした脳トレ本を見つけて、シャーペンかフリクションペンかを一瞬迷って、フリクションペンを手に取った。
あの頃と同じシャーペンは勿論無いし、消しゴムだって無い。
でも、あったとしても、私はフリクションペンを手に取りたい。
初恋の彼の思い出はたくさんあるけれど、でももう思い出は増えない。増やさない。
簡単に物事を忘れない自分になりたい。
物事を忘れて、情けなくて哀しくなる、そんな自分とサヨナラしたい。
私は、今を生きて、たくさんの思い出を作りたい。
些細なことで喜ぶ自分を、もう一度、少しずつでも取り戻したいから。
たくさんの思い出
11/19/2024, 2:55:04 AM