回顧録

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ヒーローになりたかった。
弱き者を助ける強くてかっこいいヒーローに。
大切なものを俺もあのヒーローみたいに守りたくて、
早く大人になりたくて入った場所に、そいつは居た。

背がちっちゃくて、目がおっきい奴。
すぐ泣く奴。多分、感情のコントロールが出来ていない、楽しくても面白くても怒ってても、 悲しくても泣く。
それしか分からないみたいに。わぁわぁだったりポロポロだったりひぐひぐだったり、とにかく泣く。弟みたいな同い年。
まぁ打てば響く、ならぬ弄れば泣く奴だったので。
もうほとんど毎日泣かされては俺に泣きついてきて、俺も俺で頼られていることを悪く思っていなくて、寧ろ可愛いなぁなんて思ったりしたりして?
なんせ俺はヒーローになりたかった男なので、可愛くて泣き虫なそいつは当然守りたい対象になった。
下心もあったのかもしれない。女っ気のない空間だったから、それくらい麻痺してた可能性はある。

それから月日が経って、俺は大人になった。
仲間が増えた、守りたい大切なものが増えた。守らなきゃダメなものも出来た。責任と義務って奴も増えた。
あの頃憧れたヒーローになれたのかは分からないが、ちゃんと守りたいものは守れている気がする。

あいつは強くなった。俺と一緒で守りたいものが増えたあいつはどんどん強くなっていった。どんなに酷く弄られても、詰られてもあいつの笑顔は崩れない。どんなに汚れようとも心までを汚すことはなく、闇に沈みそうになる仲間を引っ張りあげていく様は、俺がその昔憧れたヒーローそのものだった。
すっかり感情のコントロールか出来るようになって、泣かなくなった。……俺の前では。
酒が入ると涙脆くなるらしい。らしい、なのは俺はその場を見ていないからだ。
俺とあいつの距離はもうそんな近いものじゃなくなってしまった。いつからだろう、あいつが俺を頼らなくなったのは
あいつは、いつの間にか俺の『大切なもの』からいなくなってしまった。俺が落としてしまったのか、あいつが抜け出したのかは分からないがもうあいつは守られる存在じゃなくなったのは確かだった。
まるで少年漫画だ、泣き虫だった少年が、仲間に出会って強くなっていく王道ストーリー。
面白くないと感じる自分がいるのは何故だろう。


それから、守りたいものが俺の手から幾つか離れていって、
『守りたいもの』=『大切なもの』ではなくて、『大切なもの』だったから守りたかったのだと、それが本当に守れなくても、守れない距離にいても弱くなくても大切なのだということ、それともうひとつに気づいた時。強いあいつが倒れた。

信じられなかった。ヒーローが地に伏している。
顔は青ざめていて何も固形物の混ざっていない吐瀉物が床に広がっていく。何も食べていないのか。
仲間がざわつき出す。みんな驚いて声も出ないようだ、俺も情けないことに喉が引き攣っている。
バタバタと周りの大人達が蜘蛛の子を散らすように居なくなっていく。救急車とか担架って言葉が聞こえた。
その足音に弾かれたように身体が動き出した。
俺が真っ先にあいつの元に行かなければ、そう思った。

近づくと同じように涙をいっぱい溜めた瞳が俺を見つめた。

「きたないから、きた、あかん」

この期に及んで俺の靴の心配をするのかお前は。
まだ頼ってくれないのか。ため息を吐いて、裸足になる。
お前が汚い訳が無いだろう。でもそれが理由で頼れないのなら、不安要素は潰してやる。

「これでいい?服が気になるんなら全裸になったるけど?」
「あかんわ、あほ……」

憎まれ口が叩けるなら大したことはないな、安心。
まぁ周りは俺のこの発言に引いているが……いや何人かニヤついてる奴おるな、人が前で倒れとんの分かっとるんか此奴ら。

でも、そこまでしても俺はこいつに頼られたいのだ。
『大切なもの』だから?
いや、それ以前に好きな子に頼られたい男心ってやつやな。


(好きな人はそりゃ大切やろ)


『大切なもの』



作者の自我コーナー
いつもの
大体同じような話になるのは設定を変えたとしても結局は幹が同じだからですね。
これくらいあのスーパーマンにはグイグイいってほしいものです。

4/2/2024, 5:13:54 PM