「届かないのに」
風呂から上がり、勉強机に化粧水類を並べた。
スマホが光る。
クラスの友達からだ。
「明日の七夕祭一緒に回ろうよ」
「もちろん!そのつもりだった!」
「じゃあ、朝部活の方顔出したら教室前で待ち合わせしよう」
「おけ」
リスが大きく口を開けてOKと叫んでいるスタンプを押してスマホを閉じた。
明日は高校生活一大イベントの一つ、七夕祭だ。
一般的な文化祭なのだが、いつも七夕と同じ日に実施されるので別名七夕祭と言われている。
そう呼ばれるだけあって一般的な文化祭の出店や文化部のステージの他に巨大笹飾りを広場の中心に飾っている。
私は机の隅に追いやったピンク色の縦長の画用紙をチラリと見るとため息をついた。
その笹飾りには毎年、全校生徒の願いを書いた短冊が掛けられる。願いを書いた短冊を一番早くに提出した人から上の方に飾られるのだが、他の人に願いは見られないし、それに天に近いという理由で願いが必ず叶うというジンクスまである。
何を願おうか…。
成績?最近のテストの結果が芳しくなかった。受験生ではないのでそこまで追い詰められてはいないが、両親から注意されてしまった。しかし短冊に願ったところで、私の努力次第であることはちゃんと分かっている。どうせならもっと運が必要なことで願い事すべきだろう。
部活は?バレー部では一応エースを張っている。しかしこの前の試合は選抜メンバーに選ばれず悔しい思いをした。それはたまたま怪我してしまったからだけど、これも別に願い事するまでもなくエースの座には戻れるだろう。早く怪我が治りますように…?
そんな小さなことで今回のチャンスは使いたくない。
となると…恋愛。
彼の顔が思い浮かぶ。教室に入って来て一番におはよう!と挨拶してくれた時の笑顔。体育の時間のバスケットボールでドリブルをしてゴールを決めた姿。授業中の少し半目になった眠そうな顔。
いやだめだ…彼にはもう相手がいる。
七夕祭では美男美女コンテストの他にベストカップルコンテストも開かれる。
一番人気の企画でベストカップルに選ばれたカップルのほとんどが別れずにゴールインしたという実績もある。
すでにベストカップルに予想されているのが彼だ。
学年一の美男美女カップルとして噂されていて、美男美女コンテストも彼らが掻っ攫っていくだろう。
無謀な片思い。
実るはずもない想い。
そんなことは十分分かっている。
彼の相手は同じバレー部の部員だ。美人で甘え上手で、私のことを「さすがうちらのエースだよね」なんて言って慕ってくれている。
バレーしか取り柄のない私に勝ち目なんてさらさらない。
今年の織姫と彦星は彼らだろう。
そして何年後かにそのままゴールインするのかもしれない。
そう思うと強く胸が痛んだ。そばで密かに思っているだけでいいと思っていた。確かにそうだ。私に付け入る隙なんてないし、そんなことはしたくない。
だけど、このまま2人の未来を確実なものにしたくなかった。希望を抱いていたい。
もしかしたら何かの拍子で彼が私に気付いてくれるかもしれない。魅力を感じてもらえるかもしれない。
そんなことは99%ないかもしれないけれど、たった1%の希望を持っていたい。
叶うはずがない。
届かないと分かっているけれど、願わずにはいられない。
「この片思いが叶いますように」
夏の大三角形、デネブになりたがったベガの話。
6/18/2025, 11:41:38 PM