彩子の両親は見合い結婚だった。母はその当時では珍しく、結婚こそ女の幸せという考えを持たない人だった。
彼女はかつて、母親――彩子にとっての祖母――から早く嫁に行くように言われていた。小姑がいると、長男である兄に良い人が現れないからだそうだ。
見合いに来るのは曰く付きの男ばかりだった。初対面で何も言わずに隣県まで車を飛ばす。口を閉ざした本人の隣で母親ばかり出しゃばる。こんな奴らと共に過ごすくらいなら、いっそ従姉妹とシェアハウスでもした方がマシだと考えていたらしい。
母が最後の見合いだと決めた時、その相手は父だった。親同士が偶然同じ職場で働いていたことからの縁だった。父は相変わらず無口だったが、母にとっては唯一まともな男だった。跡継ぎの圧がない次男、車の運転が上手い、酒には弱い、愚痴を聞いてくれる。
仕事に追われしばらく会えずにいると、父は東京へ異動が決まった。母はそれを身内づてに聞いていた。軽いドライブデートをした帰り、父は振られると思って異動の話を切り出せないでいたので、母から声をかけた。
「どうするの?」
「俺も異動決まっちゃったしな……来てもらえる?」
「いいよ」
プロポーズはあっさりしていた。
母がOKを出したのは、父への恋愛感情というよりも、多忙な仕事や親の圧から、いい加減自由になりたいがためだった。「この人じゃなきゃダメ」ではなく、「この人だったらまあいいか」くらいの気持ちだったようだ。こうして父と母は恋仲という期間が明確にないまま東京で暮らし始め、その後東北へと戻ってきた。
父は自分の都合に合わせてくれた母に申し訳なく思っていたのか、その後何度かドライブデートに誘ったそうだ。今では母の足役となっている父からは考えられないと、彩子は思った。
八木橋と父が全く別の人間だというのは分かっている。ただ、彼はあまりにも出不精すぎる。この街に出てきて数年しか経っていないせいもあるのだろう。
彩子は不安だった。場所の提案は、同行人を楽しませなければならない責任が伴うのだ。私が薦めたカフェが気に入ってもらえなかったらと思うと、自己を否定されたが如く落ち込む。
「言い出しっぺなのにノープランですみません。お友達と話していた中でどこか良さそうなところありました?」
八木橋は自分を信頼しているのだろうか、それとも面倒なだけなのか。
【凍てつく星空】彩子13
12/1/2025, 10:52:09 PM