海月 時

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「こんな俺で、ごめんね。」
そう言い私を抱きしめた彼からは、煙の香りがした。

「ちょっと、出掛けてくるね。」
そう言った彼は、普段よりも上等な服に身を包み、花束を持っていた。何処に行くのかも、誰と会うのかも知っている。でも、それをいちいち聞く気はない。彼が誰かと会うよりも、面倒くさい女と思われる方が、よっぽど嫌だ。
「いってらっしゃい。気をつけてね。」
だから、笑うだけ。そうすれば、彼との甘い時間は続いていく。なんて幸せなのだろうか。

彼が花束を持っていた出掛けた先は、墓地だ。しかも、彼の元カノの。彼女は、交通事故に遭って他界したらしい。彼にとっては生きがいだった彼女の死後、彼は抜け殻のようだった。そんな時に、私と彼は出会った。話しかけてきたのは彼の方。どうやら、私の容姿が元カノに似ていたらしい。不名誉な出会いだった。しかし、私は次第に彼に惹かれていった。告白をしたのは私の方。私と付き合う事で彼を苦しめるかもしれない、それでも私は彼との時間を諦めきれなかった。優しい彼は、告白を受け入れてくれた。

「君がいるのに、最低だよね。こんな俺で、ごめんね。」
彼はそう言って、私を抱きしめた。彼からは、線香の香りがした。安心する香り、なんて言ったら不躾だろうか。
「君は何処にも行かないでね。」
彼は泣いていた。そんな彼を愛らしいと思ってしまう。
「何処にも行かないよ。君がここにいる限り。」
私のその言葉を聞いて、彼はようやく笑った。

彼と元カノの甘い思い出を塗り潰す私は、どこまでも最悪な悪女なのだろうか。彼を苦しめているのに、彼との甘い時間を求める私は、どこまでも強欲な悪魔なのだろうか。

5/2/2025, 3:04:56 PM