どこまでも続く青い空。流れていく白い雲。
使い古された表現のよく似合う空を見上げ。
「何見てるのよ?そんなに熱心に」
「…別に」
聞こえた声に、視線を空から彼女へと移す。
普段通りを装いながらも、隠しきれないその気遣わしげな視線に何もないと首を振って答えた。
「ただ、雨が上がったと思ったから」
昨日までの、長く続いた雨は終わりを告げ。
刺すような強い日差しと、茹だるような暑さが夏を連れて来た。
人でなくなってから、一体どれくらいの時間が過ぎたのだろう。
帰る場所は無く、私を知る人もすでに亡く。
私の存在が誰かを殺し、誰かを悲しませて。
誰も私を責めはしない。皆口を揃えて龍が悪いのだと言う。
巻き込まれてしまった哀れな娘。それが皆の認識だった。だからこそ誰も私の罪を咎めてはくれなかった。
それならば、せめて。
そろそろ覚悟を決めなければならないのだろう。
それはただの自己満足で、罪滅ぼしにもならないけれど。
中途半端なままでは、逃げ続けるままでは誰一人報われはしないから。
「どうしたの?今日は随分甘えてくるのね」
彼女の首に手を回し擦り寄る。頭を撫でるその手は、いつものように優しい。
「嫌だった?」
「嫌じゃないわよ。珍しいとは思ったけれど…ねぇ、」
何かを言おうとして、けれど唇を噛み締め彼女はそれ以上は何も言わず。
あの日。一人になりたくて抜け出した日。
仕置きをすると意気込んだ守り藤が、私の代わりにすべてを二人に伝えてくれたその日から、二人は名前を呼ぶ事を躊躇うようになった。名を呼んで縛り付ける事を怖がるようになった。
優しい神様。人を知らず、けれども人の望みに応え続ける哀しい雨の龍。
彼女の背中越しに空を見上げる。
どこまでも続く青空に、もう黒い龍の姿は見えない。続く雨は終わり、彼が戻ってくる。
「もうすぐ帰ってくるかな」
「そうね。すぐそこにいるわよ」
「そっか」
一度強く抱きしめてから離れ、背後を振り返る。
ゆっくりと歩み寄る彼を、笑みを浮かべて迎えた。
覚悟を決める。
初めから最後が決まっていたとしても、それでも選んだのは私。
応えて受け入れたのも、二人を大切に想うのも。
青の空よりも柔らかな雨の降る空を好ましいと思うのも、すべて私なのだから。
「どうした?随分と甘えたがりだったみたいだけど」
「何でもないよ。雨が上がったから」
数歩下がって、二人に手を差し出して。
「帰ろう?時雨、五月雨」
笑みを浮かべたまま、二人の名前を呼んだ。
息を呑み。泣きそうに顔を歪めて。
ゆっくりと手を取る二人に、その手を握り返す事で応える。
誰も何も言わず。繋いだ手は離さずに。
これが私に出来る最善。
これから先の永い時間を、二人と共に在るという選択。二人の望みに応える事。
微かな誰かのごめんなさい、の言葉は聞こえないふりをした。
20240717 『空を見上げて心に浮かんだこと』
7/17/2024, 10:37:36 PM