ーー感情を捨てろ。おまえは、言われたことだけしていればいい。
そう育てられた少年は、今、体に深い傷を負い、冷たい路地裏に横たわっていた。
表通りの石畳とは違う、粗い砂利が、初めは薄い服の背中越しに感じられたが、その感覚もやがて薄れてきた。
おれは、ここで、死ぬのかな……。
少年のような、貴族の屋敷の下仕え人は、その主人によって運命が決まった。
与えられる仕事は、様々だった。草刈りや屋敷の掃除などの雑用もあれば、執事としての上等な仕事に就く者もいる。そして、彼のようなーー汚れ仕事を、させられる者も。
「……っ、」
ごぼ、という音と共に、血の混じった咳が喉から溢れた。ナイフで抉られた腹は、今はただ熱く、痛みはなかった。
倒れたまま見上げた空は、鈍色で、遠い。
首を傾けて、路地の壁の隙間から、表通りの方を見た。
小さな可愛らしい布靴が、大きな革靴と、ヒールのある靴と一緒に通り過ぎていく。小さな女の子の、こぼれるような笑い声が聞こえた。
ああ、とつぶやいた声は、音にならなかった。
もし、おれが、あんなふうな場所にいたらーー…。
年上の仲間から頭を撫でられた時に感じた、あたたかさを。道端に捨てられていた仔犬を抱き上げた時に、湧き上がった気持ちを。
言い表す言葉を、知っていただろうか。
少年にとって、その子どもは遠い存在で、羨ましいとは思わなかった。
ただ、春の日差しが降ってきたような、やわらかな思い。それを何と呼べばいいかわからないことが、ひどくさびしかった。
いつかーー…。
その感情に名前がつく日を、薄れていく景色の中で、最後に願った。
『その花が咲く日まで』
(愛を注いで)
12/14/2023, 10:14:25 AM