凡そ一週間ぶりの我が家は、他人行儀な香りがした。否、自分が気付いていなかっただけで、これがこの家の匂いだったのだろう。めぐる生活のなかで鼻腔が慣れきっていたことを今更乍知る。なんだか、無性に嬉しかった。この家の住人であると、そう思わせてくれるみたいで。
「おかえり」
ドアを開く音を聞いた女が小走りで出迎えてくれた。その体温を腕の中に感じる。久々の香りは、確かに家に漂う香りと同じだった。
肩に埋まった顔。震える睫毛。連綿と紡ぐ呼吸。七日ぶりに抱いた女の肩はこんなに小さいものだっただろうか、と思う。細胞の全てが彼女の存在に歓喜して、触れた箇所が粟立っている。同時に、虚しい。普通に暮らしていれば、これまた普通に享受できる幸せを、彼女にはこれっぽっちも感じさせてやれない。そしてそこまで理解していながら戻ることも変わることも私はできない。停滞した感傷は、それでも新鮮に私を蝕む。
「……ごめんね、長い間帰ってこれなくて。アイツら頭硬くってさぁ」
「いいよ。帰ってきてくれるなら、それで」
「何も状況は変わんなかったのに」
「いいってば。わたしは理解されたいなんて思ってない」
「だめだよ、それは」
「ねぇ」
そっと頬を撫でられた。ついで、名前を呼ばれる。愛していると、言われた気がした。彼女の一挙手一投足、それから柔らかな瞳であるとか、円やかな愛を含んだ声色だとか、触れる手つきだとか。彼女の生み出すもの全てが私という命を肯定していた。それは決して勘違いではない。事実として、私たちはこんなにも愛しあっているのに。
「でも私はやっぱり両家に納得して欲しい。そのために今回も赴いたのに。だって、このままじゃ一生きみは軟禁生活だよ」
「でもあなたがいる。他に何か必要? 両親たちの理解? 外界の知識? 社会との繋がり? ……ばかみたい。そんなの全部いらない!」
吐き捨てた彼女の瞳が悲痛に揺れていた。なんだか堪らなくなって唇を塞ぐ。このまま呼吸を忘れたい。彼女の隣にそっと横たわって生きて、死にたい。ただそれだけの話なのに。なんでこんなに否定されるんだろう。
「わたしたちを認めてくれない社会が決めたものなんか、なんの価値もないよ」
「……そうだとしても、足掻くのをやめることはできない」
「わかってる」
あと何度こんな生活を繰り返す? あと何日彼女を閉じ込めていれば世界は変わる? 自問自答を繰り返しても、返ってくるのは伽藍堂。
嫌になるくらい同じ毎日は、私たちが愛し合うことを認めてくれない。今はただ、誰もわたしたちを引き剥がすことのできないよう、強く抱きしめあうことしかできなかった。
お題/そっと
1/14/2025, 5:16:32 PM