お母さんはいつも忙しそうだった。 お父さんは、
いつも仕事で私に構ってくれた事なんてない。でも
お母さんは違った。毎日仕事が大変だと思うのに、
朝食を作ってくれるし、ちゃんとお話してくれる。
家事だってあって私に構う暇なんてないと思うのに
それでも私に関わる時間を作ってくれる、いい母親
だった。私が一番お世話になった人はお母さんとし
か言いようがない。親孝行がしたいってずっと思っ
てた。でもお母さんは一年前死んでしまった。自殺
だった。うちのマンションの屋上から飛びおりたん
だ。いつもなら閉まってるはずの屋上の鍵は、空い
ていたらしい。ぐちゃぐちゃになった身体。ペンキ
のように真っ赤な血。部活から帰ってきたところだ
った私は、落ちる人影を、母を、いまでも忘れられ
ない。止められなかった事、何にそんなに追い詰め
られていたのか、とか。思うことは沢山ある。でも
ただ一つ、落ちる母の瞳は今までに無いくらい安ら
かな瞳だった。きっと母は解放されたのだろう。自
分を見てくれない夫、山積みの仕事、溜まった家
事、娘のお世話から。
【安らかな瞳】
3/14/2023, 11:44:30 AM