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“友情”


 友人とキスをした。正確にいえば、友人にキスをしたとなるのだろうか。放課後の教室はまだ柔らかい陽の光が差し込んでいて暖かかった。教室には俺と彼の二人以外に誰もいなかったけれど部室棟からは吹奏楽部の楽器の音がしていて、グラウンドからは運動部、廊下からもまだ帰宅していない生徒たちの話し声がひっきりなしに聞こえてきていてなんだか騒がしかった。
 彼は日直日誌を書いていて、俺は前のイスを跨ぐ様に座ってそれを眺めていた。彼は外の騒がしさに少しイライラしていたみたいで、形の良い爪でカツカツとシャーペンを叩いていた。たかが日直日誌一つに放課後の貴重な時間を割いている生真面目さと、すぐにイライラして物にあたる短気さとを併せ持った彼の不機嫌まるだしの顔を眺めるのが好きだった。

 センターまであと80日という、昨日の日直の書き残したコメントがふと目に入ってきてなんとも言い難いもやっとした気持ちになる。早々に推薦入学を決めていた彼を見ていてもあまり実感のなかった、最終学年という言葉が脳裏を掠めた。
 この人が卒業したら、もう二度と会う機会はないんだろうなと思う。専攻が全然違うから大学や就職先が重なることもないだろうし、彼にとって俺はただの"たまたまそこにいたいけ好かない後輩"でしかなくて大学で新しい交友関係ができれば思い出されることもなくなるだろう。
 チクリと胸が痛んで、その痛みが思いの外深いことに動揺した。この痛みは本当に友情の延長線の先にあるものなのだろうか。動揺したままに動かした足が、椅子の脚にぶつかった音に彼の視線が日誌から俺の方へと移動した。訝しげにこちらを見る上目遣いの彼と目が合った途端、衝動的にその唇にキスをしていた。

 この衝動は流石に友情の延長線上ではないのかもしれない。



 

7/24/2024, 12:03:58 PM