いろ

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【愛があれば何でもできる?】

 読み終わったラノベを、机の上へと軽く放る。ネットで話題の小説だからと読んでみた、ファンタジー世界のラブストーリー。最悪な家庭環境で育った女の子が、自分を愛してくれる青年と出会い、彼を愛することを知り、やがては愛の力で世界を救う。読みやすい文体とわかりやすいストーリー展開が世間に受けたのだろうとは思うけれど、私の好みの物語ではなかった。
「あれ? つまらなかったの?」
 珍しく本を粗雑に扱った私の態度に、猫の写真集をめくっていた君が小さく首を傾げる。
「つまらなくはないけど。愛があれば何でもできるとか、そういう綺麗事はあんまり好きじゃないんだよね」
 だって法律や道徳、伝統……個人の愛だけでは乗り越えられない障壁は絶対に社会にはあって、人間が社会的な生命体である以上そればかりは致し方がない。それなのに愛の力があれば全て叶えられるなんて豪語するのは、まるで諦めるしかなかった人たちの愛が足りていなかったみたいじゃないか。
「まあ、そっか。僕は読んでないからわからないけど、宣伝の感じだと王道恋愛ものっぽかったし。君はそういうとこ、妙に現実的だもんね」
「じゃあ君は、愛があれば何でもできると思う?」
 少しだけ刺々しい問い方になってしまったかもしれない。それでも君は、たいして気にした素振りを見せなかった。ただ私を真っ直ぐに見つめて、ゆっくりと瞳を細める。
「まさか。そこまでロマンチストじゃないよ。でも――」
 ふわりと、花が綻ぶように君は優しく微笑んだ。
「足りなかったあと一歩のひと押しを、愛がくれることはあると思ってるよ」
 出会った頃のことを思い出す。ぼんやりと世界を俯瞰する無表情。笑い方がわからないのだと呟いた、ひどく虚ろな眼差し。……ああ、本当に。君は綺麗に笑うようになった。
 そうかもしれないねと頷く代わりに、そっと君の手を握りしめた。絡めた指から伝わる穏やかな温もり。それが社会を変えることなんてできない私たちのちっぽけな愛の、確かな証明だった。
 

5/16/2023, 12:02:56 PM