草臥れた偏屈屋

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「この世で1番醜いのは報われぬ努力家だと思わないのか?」
と私は言ってしまった。とんだ恥知らずの戯言だったはずの見窄らしい本音である。
「ど、どしたのさ?急に。君らしくないね。」
奴は私の顔を覗き込んで来る。ああ、今ここで殴り飛ばせたらどれほどいいか。分かっているんだ。これは気味が悪いほどの嫉妬であり、奴の顔を見るだけで不快感が荒波の如く私を襲ってしょうがない。すると、しばし黙っている私を見兼ねてか急に慌てて奴は再び口を開いた。
「あっ、ごめんね。君のことを全て知ってるかのようなことを言っちゃったね。ちょっとびっくりしちゃって。」
「いや、深い意味はない。更なる受賞を獲得する君の姿が圧倒されただけだ。」
嘘は言ってない。私は奴には敵わないのだと、そう思い知らされた。
「そんな圧倒されるだなんて、ただ運が良かっただけだよ。僕は君のも凄いなと思ったよ。」
そう言った奴は、軽く微笑んでいる。私を見下しなが微笑んでいる。奴の運は私の今までの努力を凌駕したのだと、そう自慢げに言っている。いや、違う。私の妄想だ。落ち着くんだ。
「ねえ、本当に大丈夫?顔色は悪いよ。」
奴が私に手を伸ばそうとしたとき、私は思わず払い除けた。
「ご、ごめん。」
奴はバツの悪そうに手を引っ込めるが、私は震えが止まらない。この悔しさを何度味わえばいいのだ?
「僕が言うのもあれだけど、努力の報われ方はきっと人それぞれで、君すら想像が出来ないかたちなんだよ。」
私の羽はここで朽ちたのだと気づいた。飛び立つ力を失った。
「「僕が言うのも」と思うくらいなら、黙ってくれ。お前が私の努力の報われ方なんぞ語るな。」
「あっ、違くて、傷つけるつもりでは」
「お前の羽は私より大きい。一度で風を掴んでは高くまで昇れる。私の羽は風を掴むのに何度も練習した。それを人は同じ努力だと言う。」
「それでも、昇り続けた君の努力にしか生まれないものがある。」
奴は真っ直ぐ私に見つめて言うものだから、私は面白おかしくて笑ってしまった。
「つまり、私はこの位置が似合うということだ。あなたの日陰は確かにちょうど良い、己の無様さに気付ける具合にはね。」
「本当に君は一体どうしたんだ。僕はそんなこと言っていないだろ?」
奴の口調が少し強くなった。はは、本当の分からず屋はどちらだろうか。
「ああ、言っていないさ。でも、私の羽は2度と風を掴むことはない。もう懲り懲りなんだ。」
「そ、それなら、少しだけ休んで」
「なにを言うと思ったら、私の力不足は疲労からだと?」
「そうかもしれない、疲れてて本調子ではないんだよ。」
奴は私との会話がとても居心地が悪そうだ。でも、何故か食い下がらない。
「はは、私の実力は草臥れたか。本当に潮時なんだな。」
「なんで全部そうやって卑屈に捉えるんだ。君の実力は十分ある。」
どうやら奴はだいぶ怒っているようだ。
「卑屈?十分?お前は私にこの結果を甘んじろと言っているんだ。断るね。それにしても、何故私を引き止め続ける?自身の実力を誇示しようとしているのか?」
すると、奴は私の肩を強く掴んだ。咄嗟のことで私も払えなかった。
「違う。そんなことを僕は言ってない。僕も頑張った、君も頑張った。他人の評価なんて脆い、真の価値は競争の中には生まれない。だから、君自身をそこまで過小評価するな。」
奴の力が私の肩に食い込む。痛い。
「お前こそ勘違いするな。私の私自身の評価は常に正常だ。競争で価値は生まれなくとも、援助が貰える。飛び続けるための援助がな。」
奴は動揺しているようだったが、私は震える拳を抑えて毅然と前に立ち続けた。もう構わない、言ってやる。
「さっさと飛べ、飛び続けろ。お前の実力は私を凌駕しているんだ。私の人生とお前の人生は違う。これが現実だ。」
奴は涙をぽろぽろと流している。何故私の涙の分まで奴は流してしまうのか、私にはその理由が分からなかった。
「私は決して全てを諦めたのではない。戦う場所を変えるだけだ。」
そこには奴は居ないはずだ。それで良いんだ。

7/20/2025, 1:31:37 AM