それでいい
その日の任務は、とある少女を殺すことだった。お得意様の食べかけの硬いパンと引き換えに、僕は彼女の命を奪うことに決めた。
目に染みるような夕焼けに染まる、高い鉄塔が聳える美しい丘で、僕は少女を見た。
清純そうな少女だった。
僕のように、生きるために盗みを働いたり人を殺したりするようなこととは無縁なのだろう。澄んだ瞳も風にそよぐ白い髪も夕焼けの橙色に染まって、どこまでも清らかだった。
「そこにいるのは、誰?」
気がつかれた。少女はこちらを振り向いて、目を丸くする。僕は、そんなに酷い顔をしていただろうか? 自分の顔などとうに忘れたので、分からない。
「あなた、すごく不幸なのね」
「……いきなり、何なんだ」
「だってあなた、どこからも“心”が感じられないもの」
出し抜けに不幸だと言われて−−−不幸だと見抜かれて、僕は、
「仕方ないじゃないか」
と返す。少し怒ったような口調になったかもしれない。僕が生まれて初めて殺したのは、自分の心だ。心があっては、明日どころか今日もしれない身なのだから。あってはいけないし、生涯殺し続けないといけないのだ。なのに、
「駄目よ。生きるためにしていることで、心を殺してしまっては」
少女は、あろうことか僕に近寄って来て、後ろ手にナイフを隠しているのと逆の手を取った。
「ほら、とっても冷たい」
少女の手は、温かかった。
生きるために温もりが必要なんだと、その時初めて知った。
忘れていた痛みも、繕っていた心も、何もかもが息を吹き返した。それが僕は怖くて堪らなくて、咄嗟に掌に握っていたナイフで少女の胸を刺した。
目を見開く少女。それでも、刺した僕より刺された彼女の方が状況を理解するのが早かった。
少女は自分を刺した姿勢のまま動かない僕に微笑みかけ、震える手を伸ばして僕の頭を撫でる。
「……いじょうぶ……だい、じょうぶ……」
僕は、はっとして手を引っ込めた。それがいけなかった。血が傷口から溢れ出し、少女はがくりと僕の胸に倒れ込む。
なす術もなく呆然とする僕の胸の中で、少女の温もりはゆっくりと死んでいった。僕の心と一緒に。
4/4/2024, 3:28:06 PM