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「命が燃え尽きるまで」

なんとなくテレビをつけていたら、陶芸に生涯を捧げた人の特集をしていた。命を削るように土と向き合い、納得できなければ躊躇なく叩き割る。「命が燃え尽きるまで作り続ける」のだそうだ。その激しさにたじろぐ。

流されるように生きてきた。なんとなく大学へ行き、なんとなく就職し、なんとなく毎日を過ごしている。あの陶芸家のように命を燃やす何かがあるわけではない。

子どもの頃から周りよりも温度が低かった。何かに夢中になることもなく、そんな人を冷めた目で見ていた。反抗期もなかった。誰かを好きになることもない。人間として欠陥品なのかもしれないな。

アラフォーといわれる年齢になって、田舎には年老いた両親がいる。母が40歳を過ぎてから俺は生まれた。念願の子だったそうだ。愛され甘やかされて育った結果が今だ。

欲しいものは黙っていても与えられる。両親の愛はそこにあって当たり前のものだ。自分が愛さなくてもいくらでも注がれる。その激しさがあの陶芸家と重なる。まあでも、俺は一人しかいないから叩き割られることはないが。

何でもいいんだけどな。あの激しさを羨ましく思う。とりあえず婚活でもするか。今なら俺が生まれたのと同じタイミングで子どもを持てるかもしれない。そうすれば俺だって両親が愛してくれたように愛せるかもしれない。

マッチングアプリも便利だとは思うが、いきなり知らない人間と会うのはハードルが高い。まずは会社の人から探してみよう。会社には女性社員も多い。そのうち既婚者や交際中とわかっている人を除外し、年齢的に自分と釣り合う人を頭の中でリストアップする。

自分の身の程は弁えているつもりだ。若くてまぶしいような人には近づかない。あれこれ考えていると少しぼんやりしていたようだ。

「課長」という声が耳に入る。
「どうかされましたか?」
「いや、何でもない」
「指示されていた書類できました」

いかんいかん、仕事に集中しなくては。書類を持ってきたのは入社2年目の女性社員だ。一瞬で不可のジャッジを下す。若すぎる。人を一瞬で判断するなんて傲慢だな。女性社員たちを値踏みするように見ていたことに恥じ入る。

このままでは結婚にたどり着ける気が全くしない。結婚は置いといて、何か打ち込める趣味を探そう。とりあえず陶芸に挑戦してみるか。家と会社の間にあればいいがと思いながらスマホで探す。

なかなか条件に合う教室はない。範囲を広げるかと思い始めた矢先、教室ではないがギャラリーで若手陶芸家の作品を展示しているのを発見する。毎日通っている道だが今まで全く目に入らなかった。

ふらっと入ってみる。若手の作品と言いながら、先日テレビで見た陶芸家の作品も展示してある。美しい青磁だった。青とも緑とも違う、どちらとも言える不思議な色。加えて表面に施された模様の凹凸によって、微妙に濃淡がある。

はじめにそれを見てしまったからか、他の作品はどれもいいとは思えなかった。まあ、作品の良し悪しなんてさっぱりわからないが、凄さというものは感じ取れる。

「それ、いいですよね」
あまりにも見つめていたからか、ギャラリーのスタッフに声をかけられる。
「その作家さん、先日亡くなられたばかりなんです。これは追悼のために特別に展示しました。晩年の傑作です」

命が燃え尽きるまで作り続けたのだな。ちなみにおいくらですかと聞いてみれば、家が建つほどの値だ。

ギャラリーを後にして歩き出す。命をかけて生み出された作品の凄さを目の当たりにし、感じたことのない感覚に陥る。胸のあたりがちりちりする。居ても立ってもいられない。何かに追いかけられるような、自分だけ取り残されたような。

芸術家だ。自分とは違う。でもそれでいいのか?ちりちりと刺されるような痛みが強くなる。欲しい。命を燃やす何かが欲しい。

9/15/2024, 10:08:06 AM