家に帰ると彼はいなかった。彼だけではない。彼の痕跡全てが綺麗にまっさらに消えていた。洗面所から歯ブラシは消えキッチンから箸が消え、靴箱には私の靴しか入っておらず、彼の部屋に至ってはまるで引っ越してきたばかりかのように何一つ残っていなかった。家具すら、無かったのだ。
それらを確かめ、すっかり混乱してリビングにへたりこんだ私は、とりあえず連絡しようとして硬直する。彼の連絡先がひとつも残っていない。私は絶対に消していないのに、いくら目を凝らしても名前は見つからず困り果ててしまった。
意味がわからず目を泳がせると、写真立てが目に入る。中の写真はツーショットだったはずなのに、人影がひとつしかない。慌てて膝で歩いて近づくが、やはり私の姿しかないのだ。おかしい。絶対におかしい。
彼の何もかもが、無い。まるで彼自体が夢だったかのように、全て煙のように消えてしまった。存在さえも消えてしまったというのだろうか。もはや彼の存在を主張するのは私の記憶と、テーブルにただ一枚残された紙。彼の筆跡で書かれたただ四文字、『愛してる』という文字だけだった。
『突然の別れ』
5/20/2023, 6:08:25 AM