誰もがみんな(オリジナル)(異世界ファンタジー)
私はふと顔をあげた。
目に入るのは、岩や土壁ばかり。
(外の世界には何があるんだろう)
誰もが皆、そんな夢想にはつきあってくれない。
私はこんな時、いつもひとりだった。
ここは魔石を採掘する巨大洞窟である。
溶岩が流れる危険な場所で、我々は足枷をつけられ、坑夫として働いていた。
武装したヒト族に使役されている。
要は奴隷だ。
私含めて、使われる側の多くは半獣だった。
ヒトとは言語が違うため、意思の疎通もままならない。待遇改善を訴えても、反抗的だと鞭打ち投獄されるばかり。
大人は皆、期待したり夢を持つ事を諦めてしまった。
けれど、私は違う。
皆に安心安全な生活をさせてやりたい。
そしていつか、外の世界にも行ってみたい。
外がどんなところか知らないけれど、今よりはマシであろうと、何かあるたび、ぼんやりと夢想していた。
現実逃避ともいう。
と、そこへ、今日は珍しく声がかかった。
《こんにちは》
《こんにち…》
挨拶を返そうとして、私は驚愕のあまり口をあんぐり開けてしまった。
岩の上からひょっこり上半身をのぞかせてこちらを見ていたのが、同族ではなくヒト族だったからだ。
(まさか、ヒト族が我々の言葉を話したのか?)
今までに会ったどのヒト族も、我々に言語があるなどと思ってもいないようだった。あるいは全く興味がなかったか。なのに。
《くち、あいてる》
彼はにっこり笑って、そう言った。
私は慌てて口を閉じた。
《ことば、わかる?》
《なんで…》
《きみと、はなし、したい》
《私と?》
《きみ、なかま、だいじ。これから、よく、したい。わたしも、よく、したい。おなじ。はなし、する、もっと、よくなる》
我々を使役する側のヒト族が何を言っているのか。
意味がわからなかった。
《あんたは何者なんだ。言葉は誰から教わった》
《私、ヒト。30にちまえ、きた。しごと。言葉、みて、きいた。教わった、ない》
言葉を間違えて使っていないとするならば、30日前に仕事でここに着任して独学で言語を学んだと。
(天才か!?!)
私は警戒度MAXで彼に対峙した。
言葉が理解できるなら、ただの唸り声としか認識していない他のヒト族と違い、暴言や罵りなど、もろもろバレているという事である。
彼は岩の上からよちよちと危なっかしく降りてくる。
顔の綺麗な、ひ弱そうな青年だった。
他のヒト族のように武装していない。
《……鞭も持っていないのか》
あまりにも無防備で、逆に心配になってしまった。
彼は悲しげな表情を浮かべ、私にそっと触れてきた。
先ほど仲間を庇って鞭打たれた傷に。
《ごめん、きみ、わるくない。私、なおす、まほう、ない。ごめん》
治癒魔法がないと言うことは、他の魔法が使えるのだろう。それで武装が不要なのかと合点した。
不快な手をはたき落とし、睨みつける。
《何が目的だ》
《…さっきいった》
《具体的に》
そう言うと、彼はうーんと唸った。上方に視線をやり、言葉を探し探し発言する。
《具体的……。ぼうりょく、ない、きけん、ない、まなび、する、そと、いく》
《外?!》
私は思わず食いつく勢いで問うていた。
そうだ。ヒト族は外の世界を知っているではないか。彼らに聞くという手があった。
しかし言うなれば敵である。
考えた事もなかった。
《教えてくれるのか?!外の世界を》
興奮して尋ねると、彼は深刻な顔で静かに頷いた。
《外いく、むずかしい、でも、教える、できる》
私は、己の世界が大きく広がっていくのを感じた。
それは、希望。
会話ができる。意思疎通ができる。情報を得ることができる。要望を伝えることができる。
もしかしたら、話し合う事もできるかもしれない。
それは、なんて未来。
彼が信用に足るヒト族かはまだわからない。
けれど、何にせよ損にはならないのではないか。
そんな気がした。
私は右手を差し出し、握手を求めた。
上官に対して無礼な振る舞いであったが、彼にとっては嬉しい出来事であったらしい。満面の笑みを浮かべて、私の手を取った。
「あっ、痛っ」
《あっ!はたいてすまなかった》
私のはたいた手が、赤く腫れ上がっていた。
ヒト族はこれだからひ弱で困る。
《うちに来ないか。汚い家だが手当くらいできる》
彼は笑顔で頷いた。
これが、深く友誼を結ぶ友であり恩人でもあるヒト族との、初めての出会いだった。
2/10/2026, 2:24:57 PM