かたいなか

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「私の心、心臓、中心、精神、都心?」
なんだ、「My heart」ってスラングにもなってるのか。某所在住物書きはネットでお題を検索しながら、英単語heartの意味の多さを実感した。
スラングとして、主に女の子が使う言葉で、心が溶けてしまうくらい可愛いものに対して「My heart!」と使うらしい。

「……うん。書けねぇな」
物書きは首を横に振った。「『私の心』が溶けるほどの可愛さ」をどう文章化するというのか。
「書きやすいのは『私の心臓、実は右側です』とか、『ちょっと珍しい病気持ちです』とかだろうけどさ。医療知識、まぁ、ちしき……」

――――――

最近最近の都内某所、某稲荷神社の近所にある茶葉屋の常連用カフェスペース、曇り空の昼。
藤森という旧姓附子山と、
付烏月、ツウキという「自称」旧姓附子山が、
ふたりして、春ならではの小鉢と薬粥と、それから温かい知覧茶を楽しんでいる。

「加元が捜索範囲を支店まで広げたらしいよん」
付烏月がアキタブキの肉詰めをつまみながら言った。
「向こうもお前探しに躍起だねぇ。俺の支店には、まだ加元本人は来てないけど、まぁ時間の問題だね」

加元とは藤森の元恋人のこと。
9年前、当時まだ名字が「附子山」であった頃の藤森に一目惚れして、1年程度恋をして、
8年前、藤森の心をズッタズタに壊したために藤森に逃げられた、 にもかかわらず、
今月、加元は藤森の職場に就職した。
一度自分で壊した他人の心を再度欲しがったのだ。

それを面白がったのが「自称」旧姓附子山である。
『じゃあさ、俺が「旧姓附子山」を名乗れば、その加元ってやつ、簡単に釣れちゃうねぇ』
藤森から「元恋人が自分の職場に来るらしい」と聞いて、付烏月はニヨロルン、とても悪い顔で笑った。

加元に関しては直近なら前回投稿分、あるいは去年の11月13日付近投稿分が詳しいものの、
特に去年の投稿作品などスワイプが面倒なだけなので、細かいことは気にしない、気にしない。

「本店でも、まだ附子山探しを続けているようだ」
己のフキの肉詰めの小鉢を付烏月に差し出しながら、藤森がうなずき、応じる。
フキは付烏月の好物。付烏月は藤森の小鉢提供に目を輝かせ、唇にニンマリ、幸福のアーチをつくった。
「『附子山という人物は本当にこの部署に詰めていないのですか』。……今も私が改姓して藤森になっていることに気付いていないらしい。

付烏月さん、本当にまだ『自称旧姓附子山』を続けるつもりなのか?」
「お前こそ、加元にトドメ刺さなくて良いの?『ぶっちゃけ8年前心をズッタズタにされたんで、もう会いたくないです』って?」
「私の心は変わらない。加元さんが私に会いたくて、まだ話をしたいというなら、元恋人でも友人でもなく、他人から。もう一度だけ、会っても良いとは」

「オヒトヨシだねぇ〜」
「あなたこそ」

小鉢の交換、追加注文、看板子狐の接待に写真撮影。談笑と食事の時間はただ穏やかに過ぎていく。
「加元が『俺の心』に気付くの、いつだと思う?」
付烏月が知覧茶で唇を湿らせて尋ねた。
藤森は口に指を軽く当て、思慮に数秒視線を伏せる。
「加元さんがあなたの心……あなたのイタズラに?」
首を傾けて、長考に息を吸い、ため息。
「気付く前に『騙された』と激怒するのでは?」

「向こうだってお前のこと、8年前、騙したんでしょ?リアルではニッコニコして、SNSでは鍵もかけず『解釈違い』、『地雷』なんてディスり倒して?」
「まぁ、それは、その、」
「じゃあお互い様だよん。ザマーミロだよん。
『附子山を名乗る人物は◯◯支店に居る!って聞いて、バチクソ期待して行ったら、見たことも会ったこともない赤の他人でした!』どんな顔するだろなぁ」
「……やはり加元さんは絶対激怒すると思う」

3/28/2024, 4:14:28 AM