シオン

Open App

「人生にはいくつかの岐路がある」
「⋯⋯⋯⋯なんの話? 急に」
 意味ありげに、なんだか深いようなことを言った彼に対してボクはそう返した。
「⋯⋯⋯⋯分かれ道がこれまでに沢山あっただろう? きみにとって一番大きな分岐点だったのはなんだい?」
 到底ここに来るまでに分かれ道なんてない。ということは彼が言っているのは『人生の分岐点』の話だ。
 ところでボクにとって一番大きかった分岐点は『この世界に来たこと』で間違いないのだけど、ボクはそんなことを到底口に出せない。
 なぜならボクは、この世界を統治してる存在、いわゆるトップだと思われており、そんな人間が『この世界に来る』なんて事実はありえないものになる。そうしたらボクが下っ端だとバレて、ボクが演奏者くんに対して強気に出れなくなる。それはとても不都合なのだ。
 ボクは考えた末に言った。
「⋯⋯君と会ったことかも」
「僕と」
「うん。君と会わなかったらボクは淡々と迷い子を気持ちなんて考えずに住人にしてただろうし」
「おや、それは怖いね」
 彼は笑った。言葉と表情が乖離しすぎてる。
「⋯⋯⋯⋯演奏者くんは?」
 逆に問いかけてみると、彼はすぐに答えた。
「この世界に来たこと」
 こいつとボクが同じ答えなのがムカつく感じである。なんて同じなんだ。
「⋯⋯⋯⋯なんで?」
「僕はこの世界に来ずに元いた場所へ帰ってればそこそこの地位には付けたからね。それを全て捨ててこの生活を取ったんだから大きな分岐点だったと言えるだろう」
 この世界に来なくても君は幸せなんだね。
 そう思ったけど、口には出さずに心の奥底へとしまい込む。
 ボクは違った。ここが救いだった。ここしか救いじゃなかった。元の世界で生きていたらきっともうとっくに死んでいる。だから幸せの道を歩むことを選択できたことが大きな分岐点だった。
 でも彼は違う。
 ここにいなくても、また別の幸せがあったのだ。
 同じところが分岐点なのに、えらく選択理由が違う、なんてボクは心の中で嘲笑った。

6/8/2024, 3:22:12 PM