かたいなか

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「『何故、それが』好きな色か、好きな『何の』色か、好きな色『を使って何をしたいのか』。シンプルな分、アレンジもしやすいわな」
あと好きな色「が、嫌いな色に変わった経緯」とか、「私が好きな色は、あの人の嫌いな色」とか?
某所在住物書きは新旧500円硬貨の金と銀を眺めながら首を傾けた――白金色は要するに銀だろうか?
「『私が好きな色は白黒であって、断じて黒白ではない』とかにしたら、多分解釈問答書けそうだな」
まぁ、頭の固い俺には常時書け「そう」であって、書け「る」までは百歩千歩遠いわけだが。物書きは更に首を傾け、最終的にうなだれた。

――――――

「先輩好きな色なに?」

職場の後輩に、退勤直前、突発的に好きな色を聞かれ、答えようとした途端喉がつっかえた。

「どしたの?まさか色の話地雷とかナシでしょ?」

原因の根底はすぐに推測できた。質問内容が漠然とし過ぎていたことと、過去の嫌なトラウマだ。
「何故」、私の好きな色を聞いたのか。
好きな「何の」色について聞かれたのか。
好きな色を聞いて、「何を」するつもりなのか。
なんなら、私に「コレ」と言って欲しい何かの色Aが存在していて、彼女はただ単に、私の口からその色Aの完全に一致した回答を聞きたいだけなのか。
強制再起動を食らったように、突然、本当に、分からなくなった。

【私】の【好きな色】は、【何であるべき】?
【何と回答すべき】?
複数の可能性を想定して、なんとか押し出せたのは、昔々の失恋の記憶に引っ張られた不自然だった。
「さぁ?少なくとも、私に白は似合わないだろうさ」

縁を切って久しい初恋の「あのひと」は、私が青を好むのを好まず、白を好むのを嫌った。
あのひとにとって、あのひとの見解と解釈の中で、【私】の一番好きな色は【赤】だった。
それ以外の私は不一致だった。
『恋で狂っちゃってる自覚有るし、自分が解釈厨で自論依存者なのはゴメンヤデだけどさ。青はギリ許せるけど、白は無いでしょって。君の好きは黒とみせかけて赤でしょって。完全に解釈違いなんだけど』
あの呟きの裏アカウントの記憶が強烈過ぎたのだ。だから喉を突いて出てしまったんだと思う。
「少なくとも私に白は似合わない」と。

後輩はそうは思わなかったらしい。
「白似合わないの?」

「どういう意味だ、……何がしたい?」
「今日マルベリーのジャムお裾分けで貰ったじゃん。ちょこちょこお茶シェアしたり、ごはん作ってもらったり、先月タケノコご馳走なったりもしたじゃん」
「まぁ、そうだな」
「先輩からいっぱい貰ってるのに、私先輩に何も返してないなって。じゃあ先輩実用的で長く使える物好きだから、季節的に先輩の好きな色の甚平プレゼントするの、どうかなって。で、好きな色は?」

「白は似合わないらしい。誰かが言っていた」
「誰かじゃなくて」
「お前は何色が好きだと思っているんだ」
「私でもなくて。『先輩は』、何色が好きなの」

「あのひと」でもなく、「この後輩」でもなく、「私」。主語が明確に一人称になった後のことは、ぼんやりとしか覚えていない。
正答も最適解も予測できなくなって、「私」の好きな色一点を求められて、甚平を贈るのは迷惑か迷惑じゃないかの問答も有ったかもしれない。
ただ最終的に、後輩とふたりで急きょ低価格帯の服屋を巡ることになり、ふたりでサイズ違いに類似デザインの、同じ穏やかな白さの甚平を、
後輩が購入しようとして決済アプリの残高が無かったことに直前で気付き、結局私が購入して、
笑い合ってイジって謝って、夜の少し遅い頃、アパートの自室に帰ってきたのは、事実だった。

6/21/2023, 3:26:33 PM