夫婦
私達夫婦の愛などない。
数年前、私リンカは会社の案件で知り合った女性、マリと結婚した。
結婚理由は愛し合っているわけではない。お互い両親の結婚しろ、などととにかくうるさかったから。
他人と共に暮らすなんてめんどくさくて仕方がない。男性ならなおさら。まだ女性である彼女の方がマシだっただろう。
利害が一致しただけでそこに愛情なんてない。
食事中の会話だって少ないし、寝室も別々。
私はいつものように仕事から帰り、玄関を開ける。
リビングへと行くと、そこにはテレビを見るマリの姿が。
迎えはまだしも、ただいまも無しか。
「………ご飯は?」
マリにそう言うと彼女はソファから立ち、キッチンへと向かう。
しばらくして唐揚げが出てくる。レンジで温めてあり、ラップがされていた。
唐揚げは好きじゃない。胃もたれをするしそもそも鶏肉があまり嫌いだ。
私は唐揚げを頬張りそれをビールで流し込む。
私が夕食を食べていると、テレビでやっているニュースが耳に入る。
『今日はいい夫婦の日です!少し勇気を出して普段言えないような事を言ってみてはいかがでしょうか!』
元気のいい女性アナウンサーがそう話している。
普段言えないようなこと、そもそもあまり話さないのに何を話せば良いのだろうか。
昔は少しでも話ができていたはずなのに。
そんな事を考えているとマリがコップを持ってくる。
ふと彼女の手が視界に入った。
「………そういえばさ、アンタって肌綺麗よね。」
思わずポロッと声に出ていた。マリがこちらを向く。
「……何言ってんねん。」
そう言うとソファに座って再びテレビを見る。
「な、なんでもない!!」
結局歩み寄った所でこうなるだけ。褒め言葉一つで修復できたら苦労なんてしない。
私は残りの唐揚げを食べて今夜は早めに眠った。
次の日、朝起きるとそこには髪を整えて化粧をしている彼女、マリの姿があった。
「な……なに……アンタ今日…仕事あったかしら……」
「いや、休みやで。」
いつもの姿とうってかわって、今のマリはとても綺麗だった。
『少し勇気を出して普段言えないような事を言ってみてはいかがでしょうか!』
昨日のニュースを思い出す。私は恐る恐る口を開いた。
「………ご飯は?」
私は自分自身を恨んだ。まさしく今がチャンスだったのに、言えなかった。
マリは私の顔をしばらく見ていたがゆっくりと立ち、キッチンへと向かった。
しばらくしてテーブルに皿が置かれる。唐揚げだった。
朝食だからだろうか。揚げというより焼きに近い。
皿を置く手も、爪にネイルがされている。
「あ、ネイル………」
気がつけばぽつりとつぶやいていた。
「…………変やろ。」
「あ、いや……そ、それより!!この唐揚げ!美味しいわね!!ま、毎日食べたいわ!!」
彼女がぽつりと言う言葉を否定したかったが、何故か口ごもってしまい、慌てて関係ないことを言ってしまった。
沈黙が訪れる。完全に失敗したと思った。
「……………あ、いや、そのー……」
「ごめんな。」
マリがぽつりと言う。私は「っえ……?」なんて情けない声しか出せなかった。
「リンカ、唐揚げ……好きやないやろ。……昨日、色々お礼とかごちそうなんて、これぐらいしか作れんくて……嫌やったやろ。」
マリはしゅんとしたような声で言うと、唐揚げの入った皿を下げようとする。私はとっさに彼女の腕を掴んだ。
「ま、マリ!確かに私は唐揚げ嫌いよ。……でも、毎日作ってくれることに意味あるし。毎日忙しいのにずっと作ってくれるだけで嬉しいから。あとネイルも変なんて言ってるけど全然そんなことないわよ。変なネイルってそもそも何?抹茶とグレー混ざった色とか?そんな色みたことないけどね。まぁそれは置いといて、その水色のネイル、アンタに似合ってていいと思うわよ。綺麗な肌と良く合ってるし、とってもかわ………」
そこまで言って私は口を閉じた。
また失敗した。感情に任せてぐだぐだと話してしまった。
私が訂正しようとしたが、もう遅かった。マリは掴んでいた私の腕を引っ剥がし、皿を持っていってしまった。
「何言っとんねん!あほぅ!!」
「えっ、ちょっ!?私のご飯は!?!?」
「知らへん!!………ハムエッグくらいなら作ったる。」
あほ。なんて怒ってたのに何故かハムエッグを作ってくれることになった。何故そんな行動をするのか、私は混乱していた。
そういえば去り際の彼女は少し口角が上がっていたような……なんて考えるが、結論なんて浮かばなかった。
最初の言葉を前言撤回したい。
彼女は普通の男性と共に暮らすよりも、ずっと大変だ。
……悪い気はしないが。
11/22/2023, 12:41:09 PM