NoName

Open App

 あと3組いなくなれば校門から出る。
 日中は閉めている門も、人の出入りが多い今日は開けている。リュカ達のように写真撮影のために並んでいる生徒がいる一方、そんなものには目もくれず校門を出る生徒もいる。
 写真を撮り終わった生徒達が離れ、1組分列が前に進んだ。
「あと2組、あと2組」
「もっと多いかと思ったけど意外と少ないな。小学校の方が多かった気がする」
「オライヴ生そういうの興味なさげだよね」
「まあ中等部の卒業式って卒業って感じしないし。校舎も学食も面子も変わり映えが殆どないじゃん」
「流石に高等部はヤバいって聞いたよ。3年生だけじゃなくて、在校生や昔の卒業生、保護者、他校の卒業生、縁もゆかりもない一般人まで並ぶらしいし」
「えーそうなの?それなら3年後リュカを呼んで撮れば良かったじゃん」
 な?と振られたリュカは、後ろの校舎から視線を戻し、友人達を見た。
「え?お前らと3年後も仲が良いとは限らないじゃん」
 途端に左隣の友人に小突かれ、右隣の友人に頬を突かれ、前に並んでいた友人3人にゲラゲラ笑われた。
「…………そういうところだぞリュカ」
「その冷徹な性格、神術学校では隠しなさいよ」
「何でいなくなる奴が一番クライヴ生拗らせてんの」
「まあ実際オレたちもどうなってるかわからないけどさ」
「わー、そういうこと言うんだサイテー」
 あ、もう1組前になったと友人の一人が気づき、足を進める。
 次の写真撮影が終わったら、学校を出る。
 卒業式っていったって、ここにいる生徒のほぼ全員が、高等部に進学する。来月にはネクタイとリボンだけが変化した制服を着て、ほとんど変わり映えのしない学校生活を送り始める。篩い分けされた習熟度クラスに分かれて高度な授業を受け、大学生顔負けの課外活動に励み、冷めている割に行事ごとには精を出し、夜は狭い寮の部屋に閉じこもって勉強に明け暮れる。
 その場に、自分はいない。

 とうとう写真撮影の順番が回ってきた。
 リュカはここだ友人達に押し出され、看板の右隣に立たされる。あれだけ卒業した気分じゃないと言っていた友人達が左隣の位置を狙って揉めている。
 ー王立クライヴ学院中等部 卒業証書授与式ー
 ついさっき潜り抜けた校門を、最初に潜ったのは10歳の時、学院祭の日だった。来る予定はなかった。あの日、たまたまピアノの習い事が早く終わり、でも家に帰りたくないからと寄り道をした先に、学院があった。
 ジャンケンに勝利した友人が左隣の座をゲットし、その横に一人、リュカの左に一人、前に二人が座る。
 活気的な空気に惹かれ、門を潜ってしまったのが全ての始まりだった。世の中に神術学校以外の六年制の学校が存在する。そんな当たり前のことを、リュカはしみじみと実感した。その後、学院について情報を集め、王国随一の普通科の名門校だと知った。筆記の入学試験は、他のどの学校よりも難しい。学力でいえば、あのリーナ神術学校よりも頭が良い……筆記試験の普通科と実技試験の神術科を比較しても無意味なのに、リュカの心は踊った。
(踊っていられたのは最初だけだったな)
 それからはもう勉強地獄の日々だった。参考書を見てもわからない問題だらけだし、頼んで付けてもらった家庭教師は色々な意味で優しくないし、模擬試験で公開できないような点数を取って部屋に引き篭もったこともあった。術士にならないの?と聞く大人もいれば、神術が使えるんだから大人しく神術学校に入学しろよと迫る同級生もいた。ワンランク下げて受験した方が合格できるとアドバイスをくれる大人もいた。そういえば、その道を諦めたきっかけを与えながら「えー、どうしてピアノ辞めちゃうの?辞めちゃやだあ」と泣き出す年下もいた。
 クライヴの入試頃になっても、リュカの成績は合格安全圏とはいえなかった。五分五分より少し確率が高い、ゴーサインを出すには危うい学力だったにも関わらず、家庭教師はリュカの意志を尊重した。受験について、最後までリュカの進退に口を挟まなかったのは、両親とあの厳格な家庭教師だけだった。
 結果として、自己最高得点を叩き出して合格したものの、その成績は合格最低点より少し上という滑り込みで中等部に入学した。当然、成績は下の方からスタートした。端から見れば凄い難関校でも、その校内では1からビリまで更に序列化されてしまう。一年次の前期、リュカと同じ下位の習熟度クラスに分別された生徒達は勉強にやる気を見出せず、傷の舐め合いをしあうような劣等感漂う空気が蔓延っていた。それでも得意科目では優れた成績を出したり、勉強から逃げた先の課外活動で高い評価を得たりするあたり、腐っても最難関を潜り抜けた猛者なんだなと後に感心するが、一年生だったリュカは、彼らと距離を置いて本分を諦めなかった。彼らのように得意なことや熱中できることはたくさんあった。しかし、それでは数ある学校の中でクライヴに固執した意味がなくなるし、なにより才能のある分野を極めたいならば周りの言う通り神術学校に入学すればよかったと認めてしまうような気がした。それだけは嫌だった。
 身を結んだのは、2年の夏。習熟度に分かれる科目の全てでA評価を貰った。Aクラスの進度についていくのは大変で、最後まで上の中の成績から抜け出せなかったが、たった今卒業写真を一緒に撮った友人達と巡り会った。
 ……良い3年間だった。
 人生で最も楽しかった時期は、多分この3年間になる。

 写真を撮り終えたリュカ達は、その場を離れる。街のクレープ屋に行きたいと言い出したのをきっかけに、とりあえず街に行けばなにかしらご飯があるだろうという空気になり、繁華街に歩き始める。
「なあリュカ、オレ高等部でも神術方陣の研究するからさ、また試してくれよ」
 世に存在するあらゆる図形に美を見出す変態は、自分では使えない神術方陣に魅了され、よくリュカにその成果を試させていた。
「もちろん。学校でも使うつもりだよ」
「おお、マジ?出来たらまた連絡するから、予定があった時に会おうぜ」
 道ゆく人々は、その集団がクライヴの卒業生だとわかると羨望の眼差しを向けてくる。すっかり慣れきっている友人達は全く気づかないが、リュカはひしひしとその視線を噛み締めていた。もう二度と向けられることがないかもしれない、そのまっすぐな目。
 リーナ神術学校に入学するということは、今日までの楽しかった日々を自ら捨てることになる。大術師の両親の息子、ついて回るそのレッテルを甘んじて受けなければならない。校内では親の目、親絡みの知り合いの目、自分の能力を値踏みする生徒達の目に追いかけ回され、気が休まる時がない。ブランクもあるし、授業についていくのは大変だろう。どうせ高等部から入るのなら、最初から神術学校に行けばよかったじゃないか、と言う人もたくさんいるはずだ。
 悩んだ末に決めた進路に対して後悔は全くしてないが、やっぱり少し不安だ。主に対人関係。
「うわあ、ここも並んでる」
「他の店にする?私クレープ以外でも良いよ」
「歩いているうちにクレープの気分になったわ」
「そんじゃ他のクレープ屋探すか。昼時だし、どこも並びそうだけど」
「クレープならすぐできるし、後ろに並んでもすぐ買えるんじゃない」
 何頼もうかなとメニュー表を見る。なぜか皆被らないように注文したがるため、一方がバナナチョコといえば、もう一方がいちごといい、果てはサラダクレープあるじゃん!とスイーツから離れる。
 新しい環境に身を投じるのは不安だが。
 あの3年間を乗り越えた今なら、きっとどんな場所でも大丈夫だ。もう着ることはない制服のポケットから、リュカは財布を取り出し

6/8/2023, 8:37:40 PM