ほろ

Open App

いつも置いていかれるから今日こそは、と家を出た。朝五時。外はまだ暗く、誰も歩いていない。
しかし、家の前の雪にはすでに足跡があった。
「また置いていかれた」
足跡を追って進む。家を出て、右。突き当たりを左。佐々木さんの愛犬・シオタが起きたから手を振って、二つ目の信号を右。
「いた」
『売家』と書かれた看板の前に、その人は立っていた。いつも私より先にこの場所に来る人。
「お兄ちゃん」
「ん、おはよ」
「おはよう」
お兄ちゃんの隣に並んで、看板の奥の空き地を見つめる。

元々ここには、お兄ちゃんの友達が住んでいた。
わたしは何があったか知らない。ただ三年前の冬、唐突にこの家はなくなった。それから、冬になるとお兄ちゃんはこの場所に来るようになった。雪に足跡をつけて、この場所とわたし達の家を繋げるように。

「寒いよ。帰ろう」
「うん。分かってる」
お兄ちゃんは、名残惜しそうに空き地を見る。それを振り払うように、わたしはお兄ちゃんの手を強く引いて、来た道を戻る。お兄ちゃんとわたしの足跡を辿る。
「寒いなら、無理に追ってこなくていいんだよ」
シオタに吠えられた後、お兄ちゃんはそう言った。
わたしは何も答えなかった。
だってお兄ちゃん、いつか消えそうじゃない。あの空き地に吸い込まれて、足跡さえ残さずに消えそうじゃない。なんて、絶対に言わなかった。言ってしまったら、本当になる気がした。

だから、わたしはお兄ちゃんを追いかける。
例え何度お兄ちゃんが一人であの場所に行っても、必ず連れて帰って来れるように。雪が、お兄ちゃんの足跡を消す前に。

1/7/2024, 1:50:13 PM