初音くろ

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今日のテーマ
《友だちの思い出》





ホームの滑り込んできた電車は夕方の帰宅時間らしくそこそこの混み具合だった。
ドア付近は特に混んでいて、僕はするすると車内の中ほどに進んで空いている吊革を確保する。
程なく電車は動き出し、スマホを取り出そうとしたところで、少し離れた場所の座席に見覚えのある顔を発見した。
それはそれぞれ違う大学に進学してからお互い何となく疎遠になってしまっていた高校時代の友人だった。

彼と親しくなったのは、席替えで前後の席になったことがきっかけだった。
腕白坊主がそのまま大きくなったような彼はクラスでは賑やかなグループに属していて、どちらかといえば陰キャでオタク寄りな僕からすると、どこか近寄りがたいタイプの男だった。
だけど席が近くなったことで、意外にもラノベや漫画をよく読むことや、その中でも好みのジャンルが近いことなどから、急速に仲を深めるに至った。
好きな本の話題で盛り上がったり、お互いまだ読んでいなかった本を貸し借りしたり、時にはもう読んだだろうと思って新刊のネタバレをしてしまって怒ったり怒られたりなんてこともあったなと懐かしく思い出す。

先月発売したあのシリーズの続巻はまだ好きだろうか。もう読んだだろうか。
それとももう漫画やラノベには興味がなくなってしまっただろうか。
彼が好きそうな本や興味を示しそうな作品、もしもまだ趣味が変わっていなかったら薦めたいと思うものがいくつも思い浮かぶ。

卒業してから暫くの間はたまに連絡を取ったりもしていたが、それぞれ大学でできた友人とのつきあいもあって、そのまま自然とフェードアウトしてしまったけど、特に喧嘩や揉め事があってのことではない。
駅に着いたら声をかけて、この後に予定がないようなら、一緒に夕飯でも食べながら、あるいは酒でも酌み交わしながら、懐かしい思い出話や近況を語り合うのもいいだろう。

真剣な顔でスマホに目を落としていた彼が、まもなく最寄り駅に到着するという車内アナウンスを受けて顔を上げる。
今どの辺りか確認しようとでもしたのだろう。
巡らせた視線が僕の視線とかち合って、はっとしたように目を見開いた。
そして小さく手を振った僕に気づいて微かに笑い、着いたら合流しようというように目で合図を送ってくる。

週末のこの夜、僕らは駅の近くの飲み屋でラストオーダーまで大いに互いの近況や思い出話、それから好きな本の話で盛り上がったのだった。






7/7/2023, 9:09:59 AM