Mey

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俺と大和の行きつけの焼き鳥屋でサシ飲み中、俺は大和に尋ねてみることにした。
「俺さ、今度扁桃腺の手術することになったんよ」
「そうなん?いつ?」
「日にちは決まってないけど、手術することは決定してる。俺、扁桃腺の手術なんて簡単に考えてたけど、全身麻酔なんて、なんか怖いな」
「そうか。そうだよな」

大和は中央総合病院のレントゲン技師だ。
これまでも気になる症状の相談に乗ってもらったり、俺がイビキをかいて彼女に五月蝿がれると愚痴ったら、耳鼻咽喉科受診を勧めてくれた。
で、町医者で中央病院を紹介されて受診したら、手術で扁桃腺を切ることが決定。
扁桃腺の手術を抜歯の延長くらいに考えてたのに全然違って、地味にショックを受けていた。

「全身麻酔ってさ、全身麻酔の前に、全身の検査をして万全の体制で臨むんだよ。麻酔科医って麻酔を専門にしてる医師が手術中ずっと一般状態を観察してるし、対応もしてくれる。
麻酔の前に台の上で眠くなる薬を点滴の管から入れたらすぐに眠くなって、覚醒するのは手術が終わってから。先生たちに任せれば大丈夫だよ」

大和は医療従事者らしく、わかりやすく丁寧に説明してくれる。
寝てる間に終わるのか。手術中は怖くなさそうだな。
でも。

「耳鼻科外来の看護師にさ、絶対に禁煙してくださいって強く言われなかった?」
大和は揶揄うような瞳を向ける。
んっだよ、俺が喫煙者だからって。
「言われたよ!ハッキリ言って脅されたよ!傷の治りが悪くなるとか手術後出血するとか、肺炎になるとか!あの看護師、美人だけど怖かったよ!」

俺が医者からの説明を聞いている間、ビビってる俺の背中にそっと手を当ててすっげえ優しいなあって感動してたのに。
俺が喫煙者で禁煙の自信ないかなぁって言った途端豹変して迫力にビビったよ。
結局全身麻酔や手術の怖さは抜け切ってないし、禁煙が本当にできるか不安だし。

愚痴る俺の話を大和は頷きながら聞いてくれる。
医療従事者に必要なのは、この傾聴の姿勢じゃねーか?
「やっぱり優しいなあ、大和は。持つべきものは友人だ」
大和は可笑しそうに笑った。なんか可笑しかったか?
「その看護師、俺の奥さん」
「は!?嘘だろ!?」
「ホント。外科病棟の時から有名なんだよ。意地でも禁煙させる看護師って」
「マジか…って言うか、ゴメン!奥さんのこと、色々言っちゃって」
両手を合わせて頭を下げる。
奥さんのこと悪く言って気分が良いわけないもんな。

「良いよ。気にしなくて大丈夫。
奥さん、由希奈ちゃんって言うんだけど、由希奈ちゃんは患者のことを想っての優しさゆえの厳しさだから。たくさん手術後の看護をしてきて、肺の合併症になる患者さんをたくさん見てきて、絶対に禁煙はしてもらうべきだって思ったんだろうな。俺もそれには同意だよ。手術後の肺が真っ白で人工呼吸器をなかなか外せない人も中にはいるから」
「でもそういう人でも治療をしていくんだろ?」
「勿論。何度もレントゲンを撮るし、看護師は四六時中人工呼吸器の管理をしたり、昼夜構わず痰を吸引したり、1日になんども吸入したり。医師もすごいけど、医療は看護師がいて成り立つ。尊敬するよ」
「そうか。奥さん、すごいな」
「今は耳鼻科外来だけどな。それでも、ウチの奥さんすごいよ」
大和の瞳が輝いた。
「由希奈ちゃんの働きかけのおかげで、ウチの病院も禁煙外来を始めるって言うし、禁煙に不安があるなら予約してみるのも手だよ」
「そっか。どうしてもなら考えてみる」

禁煙への誓いを新たにねぎまの塩と手羽先のタレを注文する。
でも、なんか忘れてることがある気がするんだよなぁ。
って、思い出した!

「大和、昔、タバコ吸ってたろ!」
「思い出した?由希奈ちゃんと付き合ってから辞められた」
「そうなのかよ!」
「ああ。それまでもレントゲンで真っ白の肺の人とか見ててさ、何度も禁煙にチャレンジしたけど失敗してたんよ」
「へぇ。レントゲン見ててもダメだったんだ」
「ああ。でも由希奈ちゃんに『これで最後ね』って約束させられて、俺も覚悟を決めて1本由希奈ちゃんの前で吸ったんよ。由希奈ちゃんとの約束絶対に破れねえって決意して禁煙に成功した」
「なるほどねぇ。これで最後か」

ポケットに入っている電子タバコ。
俺はスマホを取り出して彼女にLINEする。
「禁煙するから協力してください」と。

大和にもLINEを見せて言った。
「今夜、これで最後にするよ」

大和は親指を立てて力強くサムズアップして明るく笑った。




「これで最後」

5/27/2025, 4:06:34 PM