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「君からのLINE」

「これから電波の届かない所に行くので、これが最後です。今まで楽しかった。ありがとう。最後に打ち明けます。今まで嘘ついてました。ごめんなさい。私は結婚しています。同じ趣味の話し相手がほしくてマッチングアプリを利用しました。あなたと会って話をするのが何よりの楽しみで、あなたのやさしさに甘えてばかり。こんな私を好きと言ってくれてありがとう。私もあなたが好き。でももう会えなくなってしまいました。どうしても行かなければならないのです。本当にありがとう」

最後に君から来たLINEを何度も読み返す。僕からの返信には既読はつかない。電話も電源が切られたまま。でも、まだ番号は生きてるんだね。どこにいるの?何をしているの?

二人で過ごした楽しい時間。夢のようだった。見合いで結婚した妻と40歳で死別し、子どももいない。仕事だけで生きてきて定年を迎えた。よく行く飲み屋の店員にマッチングアプリなるものを紹介され、あれよあれよという間に君と知り合った。

僕も嘘をついた。君は趣味の話し相手がほしかったのに、僕は趣味の欄に嘘を書いた。美術鑑賞、観劇、映画鑑賞などと。だから猛勉強したよ。君と出かける約束をしたら予習するのに大変だった。話していてもいつボロを出してしまうんじゃないかと気が気じゃなかった。

君はきっと気づいていたね。でもやさしく教えてくれた。そんな君を好きになった。だから僕も君が好きだと言うものが好きになる。君は趣味の相手以上には決して踏み込まなかったね。でもそれが僕にはちょうどよかったんだ。

一人で月を見ながらビールを流し込む。君は月の絵が好きだった。深い藍色の着物に月が織り込まれた帯で月の絵を観た。僕のために装ってくれたのがうれしかった。

そのとき、めったに鳴らないスマホがLINEの受信を知らせる。矢継ぎ早に通知がくる。

「あなたは誰ですか?」
「妻は病気で亡くなりました」
「不倫していたんですよね?」

彼女のIDから送られてくる短いメッセージ。彼女ではない。いつも考え抜かれた長文のメッセージをくれた。僕はいつもその長文を読みながら、僕のために時間を費やしてくれることがうれしかった。

そうか、亡くなったのか。電波の届かない所に行くって、そういうこと?まだ通知音は続いている。電源を切って月を見上げる。月がきれいですねとつぶやいた。

9/16/2024, 4:29:51 AM