萌葱

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月に手を伸ばす。
月の光を受けた爪がキラキラと光った。

「月が綺麗ですねぇ」
隣に座っていた彼は、ため息混じりの穏やかな声でそう言った。私は曖昧に笑って頷く。
彼は知っているのだろうか。月が綺麗ですねという言葉は、夏目漱石がI love youを日本語訳する時に使われた言葉だということを。最も、夏目漱石がそう訳したのはガセだとも言われているのだが。

彼は続けて言う。
「死んでも良いって感じですねぇ」

どうやら知っていたらしかった。
彼は私と同じように片手を月へと伸ばした。
彼の手が揺れ、コツンと彼の爪と私の爪がぶつかり合う。それから彼は私の指をするりと絡めとった。
彼は私の顔を見つめて頬を緩める。
「ねぇ?」
幸せそうに微笑む彼を見ていると、私もなんだか暖かな堪らない気持ちになった。
「自信たっぷりだね」
私が笑いながらそう言うと、彼もクスリと笑い声を漏らした。
「うん。だってそうでしょ?」
彼はそう言うとぎゅっと私の手を握る手に力を込めた。

「そうだね。…本当に死にたくはないけどね」
私も繋がれた手をぎゅっと握り返す。
「月が綺麗だねぇ」
私がそう呟くと、彼は満足そうに笑った。

3/7/2023, 1:06:56 PM