香草

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「!マークじゃ足りない感情」

寝る前は脳みそがとろけてしまっている。
だから普段なら恥ずかしくて言えないことも平気で言えるのかもしれない。
しかし喧嘩しているカップルにおいてはその限りではない。
冷や汗がひんやりと首筋を流れて頭はスーパーコンピューターの比じゃないほど冴えまくっている。
やっちまった。やらかした。
ちょっとの油断がこんなことになるなんて…。
スマホを見つめ彼女からの連絡を待つ。
しかし既読がつくだけで返事はない。

        今日のデート忘れちゃってごめん>
夜勤長引いてそのまま寝ちゃってた>

電話をしてもすぐに切られてしまう。
かなりお怒りのようだ。

今日は彼女が楽しみにしていたカフェに行く約束をしていたのだ。
俺の誕生日も近いため夜まで一緒にいてお祝いするはずだった。
なんならこのベッドで一緒に寝ているはずだったのに。
気付けば約束の時間を5時間も過ぎていて太陽は夕を帯びていた。
以前もデートの前日に夜勤のバイトを入れてすっぽかしをやらかしたことがある。
その時は「忙しいのも分かるけどデートの前日は夜勤しないでよ。私、男友達じゃないんだよ?」と言われてしまった。
ドタキャンされたら誰だって怒る。
男友達ならまだしも、女性は準備に時間がかかるから余計だろう。
夜勤明けのボロボロの状態を許してくれるのは男友達との飲みくらいだ。
彼女はいつも肌がつるりとしてドレスのようにふわふわした服を着ている。
それも理解している。
なのになんでまたやっちまったんだ…!

しかも今日は俺のお祝いも兼ねていた。マメで優しい彼女のことだ。きっとプレゼントなども用意してくれていただろう。
やばい…このまま愛想尽かされるかもしれない…。

             本当にごめんなさい🙇‍♂️>
          この埋め合わせは必ずします>

既読もつかなくなった。
終わっちまったんだ…。
これまで喧嘩はあれど返事が返ってこないことはなかった。
明日彼女の家に行くか…。
そう思って枕に顔を埋めた時だ。
ピンポーン
ドアのチャイムが鳴った。
深夜なのに…。冷や汗が背中に流れる。
恐る恐るドアスコープを覗くと、黒いキャップをかぶりパーカーを着た人が立っていた。顔は見えない。
あ、俺恋だけじゃなくて命も終わるんだ…
そう思ったその時、ドアの向こうで聞き慣れた咳払いが聞こえた。
「え!」
慌ててドアを開ける。
不審者のような格好をして甘い笑顔が見えた。
「来ちゃった」
アニメでしか聞いたことがないセリフトップ3を放ち、キャップを取る。
どこに押し込められていたのかふわりと長い髪が広がり同時にシャンプーの香りが漂った。

「深夜だから危ないかなあと思って不審者コーデしてきたの。可愛くないけど、まあ今日は君が悪いから許しなさい」
俺は興奮と嬉しさと愛しさと罪悪感と申し訳なさでいっぱいだった。
「ねえ!なんか言うことないの!」
ぷくっと彼女が頬を膨らませて睨みつける。
俺は声が出ず彼女を抱きしめた。
いつものふわふわとした服じゃないからか余計に彼女の熱が感じられる。
彼女の後ろ手に小さな紙袋が見えた。俺が気になっていたブランドのロゴが見える。
もう感情がぐちゃぐちゃでなぜか涙が出てきた。

8/16/2025, 9:24:51 AM