「ちょっと待って。これはさすがにないわ」
思わず頭を抱える。
隣で申し訳なさそうにしている彼女には悪いが、何一つ擁護出来る部分がない。
「なんで制服以外に、まともな服がほとんどないの」
「え、と。一応神様がいくつかくれたよ?」
「これを着てどこに行けると思う?というか、一人でこれ着れるわけ?」
目の前の箪笥にしまわれた、色鮮やかな着物を横目に溜息を吐く。
素人目にも高価な代物だとは分かるが、だからこそ普段着として使用するには気後れしてしまうだろう。
これ以上見ていられなくて引き出しを閉めれば、彼女が困惑するのが見て取れた。
「一応、着方は分かる、けど。そうか。これで皆出かけたりはしないんだ」
「あ、うん。分かった。それ以上言わないでいい。一から順に確認していこう」
「なんか、ごめん」
「気にしないで。薄々そんな予感はしてたから」
段々に痛む頭を押さえつつ、気にするなともう片方の手を軽く振る。
忘れてしまっているのか。それとも元々がそうであったのか。
後者である気もするが、理由がどうであれ彼女に今の知識が欠けているのは確かな事だ。
それに気づいたのは、彼女と再開して帰る道すがらの事だった。
何気なく住んでいる場所を尋ねると、きょとんとした幼い顔で事も無げに答えた。
――曰く、住む所はなく、学校にそのままいるつもりであると。
あまりの衝撃に、一瞬言葉を失い。
問い質せば、その勢いが恐ろしかったのか。少々怯えを含みながらも素直に詳細を語ってくれた。
「人らしく、って言うわりに、細かい所で雑だよね」
「だって食事とか、睡眠とか必要ないし。ただいるだけなら、学校も家も変わらないと思って」
「そういう所が雑なんだってば。人は寝て起きて、ご飯食べて動くのが最低限の普通なんだから。それすっ飛ばして人らしくなんて出来るわけないじゃん」
必要なものをスマホにメモしていきながら思った事を口にする。うぅ、と反論できずに呻く彼女の声が聞こえ、小さく笑った。
「丁度衣替えの時期で良かったね。その分必要なものが少なくてすむ」
取りあえず必要だろうものをメモし終え、彼女の手を引いて自室へと向かう。
彼女とさほど背丈が変わらないのだから、自分の服を貸せば外出は問題ないだろう。
自室のクローゼットを開けて、どれがいいか考えながら色々とあてがっていれば、あのさ、と怖ず怖ずと声がかかる。
「やっぱり一緒に住むの、止めにしない?」
「何を今更」
「だって、何だか申し訳なさ過ぎて。特にお金の事とかさ」
「気にしなくていいって言ったじゃん。ママもパパも喜んでたし」
「だからってさ」
俯きながら、養われるのはちょっと、と尚も食い下がろうとする彼女に見繕った服を押しつける。
「一人で着れる?」
「着れる。そこまで子供じゃない」
「そう。じゃあ、終わったら呼んで」
彼女がこれ以上何か言う前に、部屋を出る。
少々強引ではあるが、これまで何回か繰り返したやり取りだ。これくらいの方が、遠慮の言葉が続く事はなくちょうどいい。
「まったく。いい子過ぎるのも問題だな。欲がないのがさらに質が悪い」
はぁ、と息を吐く。
彼女の現状を聞いて、ルームシェアを提案したのは自分から。
遠慮する彼女を説き伏せ。ぐちぐちと五月蠅い彼女の神を正論でねじ伏せて。
両親が反対しない事は分かっていた。
母の実家の関係で人ならざるモノへの警戒が強い二人は、だからこそ守り椿のある学校への進学を一人暮らしになると分かった上で望んだのだから。
それなりに由緒のある神の眷属として在る彼女を、両親はやはり歓迎した。彼女の衣食住を保証すると言い出し、すぐにその分の金額を振り込んでくるくらいには。
自分としても、彼女と共にいられる時間が増えるのは嬉しい事であるし、彼女の世話を間近で出来るのは安心だ。
彼女がいるという事で、ついてくる彼を除いては。
「あんたさ。本当にあの子をどうしたいの?」
「意味が分からぬな。貴様こそ、何を考えている」
「あんたよりはまともな事よ。少なくとも、学校に通わせとけば人らしく生きられるだろうとかいう単純思考よりは複雑でまともだと思っているわ」
「減らず口を」
忌々しいと睨み付ける彼女の神を、鼻で笑う。
「元々は人だったって聞いたけど、古すぎるのも問題しかないね。今を生きるのに必要なものが全然足りないじゃん。特にあんたが」
そう言って指を差す。
不快に顔を歪める彼を気に留める事なく、この際だからと溜め込んでいたすべてを吐き出す。
「あんたの時代に衣替えの習慣はなかったわけ?なんでいつも同じ格好してんのよ。人らしく言う前にまず、自分の身だしなみを何とかしなさいよ。だからあの子が色々と気にしなっちゃうんだから」
「貴様に言われる筋合いはないな」
「は?関係大ありなんだけど。ここの家主はあたし。あんたは居候なんだから」
彼の表情が訝しげなものへと変わる。
こちらの真意を問うように細められた眼を真っ直ぐ見返して、笑ってみせる。
「あんたの部屋はこの隣。あの子から呼ばれない限りはこの部屋への立ち入りは禁止ね。食事は必ず皆でそろってリビングで取る事。あとは」
「暫し待て。小娘」
「なによ」
指折り数えて必要事項を伝えていけば、彼の手に制止される。
「我にもここに住め、と」
「何言ってんの?当たり前じゃん。視てなかったわけ?」
重苦しい溜息を吐かれる。
顰めた顔をする彼を冷めた目で見ていれば、扉の向こう側から控えめに彼女の呼ぶ声がして返事をした。
「とにかく、あたし達これから買い物に行くから。その間に何とかしておいて。衣替えの時期なんだし、全部一新させといてよ」
それだけを告げて、彼の返答も聞かずに部屋に入る。
「どうしたの?神様と何か話してたようだけど」
「何でもない。この家にいる限りは我が家のルールに従ってもらうよって話してただけ」
心配そうな彼女に、笑って首を振る。
着替えた彼女を見て、一通り可笑しな所がないかを確認して、手を差し出した。
「じゃあ、行こうか。今日は忙しくなりそうだ」
20241023 『衣替え』
10/23/2024, 10:48:16 PM