秋茜

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“冒険”

「人生で一度は言ってみたいセリフがあるんだけど、言ってもいい?」

 隣に座る幼馴染が勉強に飽きたのか意味不明なことを言い始める。

「勝手にすれば」

 またくだらねえことを言ってらぁと問題集に視線を落としたままテキトーな対応をするも、めげる気配がないのはすごいところ。

「冒険に出よう!」
「はあ?」

 それより何より、こちらが思わず顔を上げてしまうほど、突拍子のないことを臆面もなく言い始めるその精神性が本当にすごいと思う。いや、冗談ではなく。無駄にキラキラしているその瞳から、本気であることが伝わってより思考停止する。幼稚園からかれこれ両手じゃ足りないほどの付き合いだが、いつまで経ってもコイツのことはよくわからない。相手もそう思っているらしいが。

「なに? 旅行にでも行きたくなったのか?」
「ちがう、冒険」
「その一点張りでいけるとでも? わかんねえよ」

 なんでわかんないかなあと肩に顔をグリグリ押し付けてくるのはやめろ。絵面を客観視してから行動に移してほしい。

「ちっちぇ頃さあ、どこ行っても楽しかったじゃん」
「そうだっけ。覚えてねえな」
「まーたそうやって話の腰を折る~。楽しかったんだよ、どこ行っても初めてがいっぱいで、目新しくてさあ」
「……ふうん」

 それで? と先を促せば、愉快そうに目を細める。ノせられたと気づいたときにはもう遅い。

「場所は関係ないんだよ。“初めて”ってところに価値があるんだ。冒険ってのは未開の地を切り拓くことを言うんだからさ」
「つまり?」

 突然立ち上がったそソイツにぐいっと両手を引かれて「うおっ」と声が出る。よろめきながら俺も立ち上がる。危ねえだろうが、と文句をつけそびれた。

「アイスでも買いに行こうぜ! 普段は通らない道を使ってさ」

 やっぱり飽きたんじゃねえか。なんて、言うのは野暮か。結局のところ、“冒険”という非日常的な響きに俺も心掴まれているのであった。

 ──ったく、しょうがねえなあと付き合ってしまう程度には。

7/11/2025, 12:38:23 PM