ハッピーエンド
黒い幕が襲ってくる。
既にわたしの身体はボロボロだった。生き物や武器に姿を変えて絶え間なく襲い掛かってくる黒や真紅や白の幕を避け続け引き裂き続けて、どれほどの時間がたったのか、もう分からない。
狂犬を模した黒い幕を素手で掴んで左右に引っ張るが、力は込めたそばから抜けて行く。
「粘るねえ」
肩から声が聞こえてきて、わたしは無理矢理手に力を入れ直し、幕を破いた。
わたしは白雪姫の継母だ。ヘンゼルとグレーテルの魔女だ。赤ずきんちゃんのオオカミだ。だから、わたしは罰を受けている。悪役は制裁を受けなくてはいけないから。
「悪役が悪役であるのに理由なんていらない。主人公の幸せを邪魔するっていうだけで充分なんだよ。なのに君はそれを絶対に受け入れなかったね。君は主人公と悪役に差異を見出すことがとうとうできなかった。『善』と『悪』に違いがあるということを、君は信じなかった」
声は話し続ける。ある時は白雪姫、ある時はシンデレラ、ある時は誰かも分からない純粋な目の女の子。主人公の善人。今は妖精だった。
「自分の望む道を進むことが幸福で、選んだ人生を駆けることがハッピーエンド。それが、たとえ日の当たる世界でも、日陰の世界でも」
「ボクは君のその主張が嫌いじゃない。けれど、自分を曲げないと、君が辛いだけだよ」
わたしも彼女は嫌いじゃない。けれど、曲げられない自分が、わたしにはある。
わたしはずっと悪役だったのだ。たくさんの人を手にかけて、たくさんの人を裏切って、たくさんの嘘をついて、その全てをたったひとりに捧げてきた。だから、わたしは悪役でなくなるわけにはいかないのだ。わたしは善人として自分の人生を選んだのでも、悪人として罪を重ねてきたのでもない。
さあ、行こう。エンドロールはすぐそこだ。
3/29/2024, 2:09:35 PM