紙ふうせん

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「また明日」

まだ若かった私は、多分わがままだったのだろう。
自分の思い通りにならないとすぐに怒りを顕にしていた。
そんな私に、恋人の優也はいつも優しかった。
私の愚痴を相槌を打ちながら聞いてくれて、私が悪い、とは一度も言わなかった。
ただ穏やかな口調で「それは嫌な思いをしたね」とか「それはひどい思いをしたね」と名前の通り、優しく言ってくれた。

私には、女友達というものがいなかった。
まぁ、当然だと思うし自業自得だとも今となってはそう思える。
だけどその当時は、みんな私に意地悪でどうせ影で悪口を言っているのだろうと思っていた。
だったら、優也がいればそれで良かった。

そう、優也がいれば。

そんなある日、その日はジメジメとした湿度の高い、あまり気持ちの良くない日だった。
(梅雨が近いのかな、それにしても今日はイライラする)そんな事を思いながら仕事をしていると、何やらあちらの方で騒がしくなっていた。

なんだろうかと思いながらも仕事をしていると課長に呼ばれた。ちょっと来てほしいと言われついていくと、ひとりの後輩の女性が泣いていた。周りでは困惑した顔の男性社員や、その課の人たちが集まっていた。

課長と私が行くと、その課の課長が「ああ、仕事中に悪いね」と言いながら説明した事によると、あるプロジェクトをその課とうちの課が合同で行い、時間をかけて準備をして、私が最終的な資料を作り、USBに保存し、今泣いている女性に手渡した。

どうやらその女性がUSBを紛失してしまい、それがわかり責任を感じた女性が自分の課の課長に話し、話している途中で泣きだしてしまい、どこに保管したのか周りの人が聞いてもパニックになっていて、泣くだけで全然わからないらしい。

それで課長と私が呼ばれたという事だ。
話を聞いていて、私はカッとなった。
それでその女性に「私がどれくらい時間をかけてあの資料を作ったと思ってるの?!泣いてないで思い出しなさい!」と言うのだが「すみません、分からないんです、すみません」とただそう言い泣いている。

すると、その課の課長がすまなそうに「悪いが、もう一度資料を作ってくれないだろうか」と言い出した。
は?と思っていると、それまで泣いていた女性も「先輩、お願いします」と言い出したのだ。
そこへうちの課長が口火を切ったのでほっとしていると「どうやらそれが一番良さそうだな」と言い「すまないが今やってる仕事は他の者にやらせるから君は大急ぎでまた資料を」と言い出したのではないか。
みんなも「残っているデータとか全部出すんでよろしく」と言っている。

堪忍袋の緒が切れた私は「何故私がまた資料を作らなくてはいけないんですか、失くした彼女が責任を持ってなんとかするのが当たり前ではないんですか!」と言ったが、もうみんなこれ以上この問題に時間を割きたくなくて「そうだな、それが一番だな」などと言いほっとしているのだ。

頭にきた私は「ふざけた事を言わないでください!」と言うと、「そもそもそんな大事な資料のUSBを後輩に渡した君も悪いよ」と言われ、怒りに任せて「馬鹿にしないでよ、こんな会社、辞めてやる、後で退職届郵送します!」と言うと、自分のポーチなどを持ってオフィスを出て、怒りでくらくらしながらロッカーへ行き、バッグを掴みだすと勢い良く戸を閉め、会社を後にした。

時計を見たらじきにお昼だったので優也にLINEを送り、お昼を一緒に食べる事にした。
優也のオフィスと比較的近いのだ。

優也が来ると、早速事の顛末を話し頭にきたので辞めてきた事を話すと、優也のフォークが止まり、少ししてから「会社を辞めたの?」と言うので、パスタを食べながら「そうよ、当たり前でしょう?そんな扱いされて黙ってられるわけないじゃない」と言った。

「それは大変だったね」と言われるのを期待していたら「それはちょっと早計過ぎない?」と言われ驚いた。
「確かにひどい話しだけど、仕事なら仕方ないのじゃないかな」と言われ、信じられない思いだった。

何を言っても「大変だったね」といつもは言ってくれるのに。

先程の怒りが込み上げてきて「ふざけないでよ!私が悪いって言うの?いつもは慰めくれるのに」駄目だ、これ以上言っては駄目だ、と思いながら、話しているうちにどんどん怒りが雪だるま式に膨れ上がり、とうとう私は「そんな事を言う優也なんてだいっきらい!」「別れましょ、もう顔を見たくもないわよ」と言ってから、すぐに後悔したが、怒りで謝る事はできなかった。

「今は君は怒りで一杯だから」しばらくして優也は静かに言った。
「また明日話そう」と言われたが、私は素直になれなくて「もういいわよ、終わりにしましょう」と言うと、優也は「君の怒りももっともだから、また明日、話そうよ」と言って、時計を見て、お昼休みが終わりそうなのを知ると、少し急ぎながら「じゃあ、また明日ね」と言って店を後にした。

その夜、まんじりともせず、私は考えていた。
私は悪くない、なのに何故優也はわかってくれないんだろう、何故いつものように「ひどい目にあったね」と言ってくれなかったのだろう。
だんだん怒りが冷めてきて、落ち着いてくると、会社を辞めた事は後悔してないが、優也に対して、ひどい事を言ってしまった、と後悔してきた。
口先だけなら「それはひどかったね」と言っただろう、でも優也は心から私の事を思いやってくれたからこそ、口先だけの同情を言わなかったのだ。

LINEしようか、と思ったが「また明日ね」と優也も言っていたので明日、言い過ぎたことを謝ろうと思った。

でも、優也に謝る事は出来なかった。
朝、優也の通勤に使うバスが、スピードを出してきた対向車にすごい勢いで突っ込まれ、たまたま突っ込んできた車側に座っていた優也は車に挟まれ、ほぼ即死だった。

昨夜、深夜だったけれどLINEしていれば、ううん、怒りに任せて思ってもいない事を言ってしまった私が馬鹿だったのだ。

優也はどんな思いで午後仕事をしたのだろう。
なんであんなひどい事言ってしまったんだろう。
テレビに並んだ被害者の中に、優也の名前を見つけた時は心臓が切り裂かれたように鋭い痛みが走った。

「また明日ね」優しい優也の声が耳に残っている。
こらえ切れず、私は生まれて初めて自分ではない、誰かの為に振り絞るように優也の名前を呼びながらいつまでも泣いていた。

ごめんなさい、ごめんなさい、優也の事、嫌いなんかじゃないよ、大好きだよ。

もう二度と「それは大変だったね」と優しい声で言ってくれる人がいなくなった。

「また明日ね」と言った優也に、今日謝るはずだった。それでまた、いつもの日々が戻って来るはずだった。

明日が必ず来る保証はどこにもないんだと思い知った。
それから私は心を病んで入院し、良くなったあと故郷へ帰った。

地方の小さな町だけど、都会とは比べ物にはならないけれど、それなりに賑やかな所だった。

そこで小さな会社に就職し、自宅から通った。

そして、そこで私は失敗を繰り返しながら自分の感情をコントロールする術を身につけていった。
親は何も言わないけれど、前よりなんだか優しくなった。そしてそれは私が前より優しく接するからだと気がついた。

何度目かの桜が咲いては散り、会社である時後輩達に「先輩って何か失敗した時とか失言した時、すぐに謝りますよねえ、私には出来ないなあ、明日でいいか、とか思っちゃいます」と言うので「明日が来る保証はないじゃない?」と言うと「ええ?地球滅亡とかですかあ?」と言って無邪気にみんなで笑っている。

その度に、胸がいつになってもきゅっと締め付けられるけれど微笑を浮かべて「そうかもね」と言っている。

優也、私、少しは大人になれたよ。
明日にしないで今日、必ず謝るし、あの頃よりずっと感情をコントロール出来るようになったよ。

帰り道、今日も優也に褒められる一日だったかな、と思い返す。
こんな私を受け入れて好きになってくれた優しい優也に少しでも近づきたくて、苦しくても私は生きる道を選んだ。

大丈夫、今日も後悔はないよ、優也。

5/23/2024, 10:38:21 AM