やっと山頂。
ここへ来るの何度目?
小さな祠の前であたしは倒れ込んだ。祠には、いつものように小さな手紙が置いてある。あたしは起き上がると、手紙を手に取って、そっと開いた。
十年前のあたしへ。
あたしは焼走りの登山道から下山します。
一刻も早く出口を見つけて。
十年後のあたしからだ。
あたしは大手ゼネコン・大空組の新入社員。岩手山時空トンネル建設現場に配属された。トンネルが完成すれは、4.3光年離れたアルファ・ケンタウリ星系まで、車でたったの30分。夢のある仕事。毎日が新鮮だった。
ある日、現場で大事故が発生した。大規模時空崩壊で、岩手山一帯は閉鎖時空に落ち込んだ。あたしは事故に巻き込まれ、この時空に閉じ込められた。
あたしは出口を探した。ここは空間がぐちゃぐちゃで、山頂と思えば麓、麓と思えば山頂という具合。さまよっていたあたしは、例の手紙を見つけた。
ここは時間もぐちゃぐちゃらしい。十年後のあたしと今のあたしが同時に存在している。これはとてもヤバい。十年後のあたしと今のあたしが出会ったら、パラドックスが発生して両方消えてしまう。以来、あたしたちは置き手紙をして、お互い出会わないように連絡を取り合っているのだ。
十年後のあたしへ。
あたしは鬼ヶ城の登山道から下山します。
出口が見つかることを祈ります。
あたしは置き手紙をして十年後のあたしとは反対の方向に進んだ。
「助けてーっ!」
切り立った岩の山道。女の子が一人、片手で崖にぶらさがり、今にも落ちそうになっている。他にも閉じ込められた人間がいる。助けなきゃ。
「がんばって!今行くから!」
あたしは力の限り叫んだ。女の子はあたしに気づいた。
「来ないでーっ!」
女の子の叫びはスルーした。あたしは女の子に駆け寄ると、その腕を掴んだ。
「もう少し!がんばれっ!」
あたしは女の子を引っ張り上げた。
次の瞬間、あたしは愕然とした。
女の子は十年前のあたしだった。女の子の服はあたしと同じ作業服。どういうこと?
「とうとう出会っちゃったね。あたしたち。」
女の子は言った。
「ここは時間がぐちゃぐちゃ。あたしの時間は逆行して、若返ったの。」
そう言い残して女の子は消えた。
そんな、あの子が十年後のあたしだなんて。
女の子に触れたあたしの両手が消え始めた。
2/15/2024, 4:03:50 PM