『病室』
真っ白い天井。真っ白い壁。真っ白いベッドに真っ白い服。全てが白で塗り尽くされたこの部屋が、私は大嫌いだ。赤、青、緑、黄。私の部屋がある3階の窓の外では色鮮やかな世界が広がっているのに、私はここから出ることが出来ない。 カラフルな世界を私はもう歩くことが出来ない。
綺麗なお花を持ってお見舞いにきてくれる優しい両親なんてものも存在せず、最後に顔を合わせたのは何時だったかすらももう覚えていない。看護師や医師は、きっと忙しくて来たくても来れないんだよと困ったように笑って励ましてくれるけれど、私だって、両親が見舞いに来ない理由を察せないほど馬鹿ではない。両親にとって私はお荷物。ただそれだけのことだ。
実際、自分がお荷物な存在であることを自覚してさえいる。あと何年生きるかも、いつ死んでしまうかも分からない奴のために莫大な入院費を払う。それはきっと少なくとも嬉しいことではないはずだ。
私が死ねば両親はきっと救われる。そう思って何度も何度も人生に終止符を打とうとしたけれど、恐怖という感情に打ち勝つことが出来なかった。そうやっているうちに、私は自由に動けなくなってしまったほど病状が悪化してしまった。
多分、私はもう長くない。自ら命を絶つことには恐怖を感じるけれど、何故か、いつ死ぬか分からないことに対する恐怖は一切感じない。むしろ、早くその時が来てくれれば良いのにとさえ思っている。
「死ぬ前に、カラフルな世界が見たいな」
鳥の声だけが響くこの部屋を少しでも明るくしたいと思うようになってから、私は独り言が多くなったように思う。今日も食べ残しちゃったな、眠たいな、身体が痛いな、疲れたな。そんなことを呟く日々が増えていった。一方的に呟いて、呟いて、呟いて。それの繰り返しだった。
だから、返事が返ってきた時は酷く驚くと共に、心の底から嬉しいと感じていた。やっと私に誰かが目を向けてくれたのだと、嬉しくて舞い上がりそうだった。私に声をかけたそのヒトは、赤、青、緑、黄、紫、紺と、色とりどりの風船を手に、窓の外からこちらに手を伸ばしていた。
「こっちにおいで」
そのヒトの声音は何処か懐かしくて、その声が耳をくすぐる度に、涙が溢れて止まらなかった。
気がついた時には、その暖かい手を掴んでいて、私の目の前には、鮮やかな世界が広がっていた。
灰色の地面、黄緑色の草、ピンクの花、緑色の木、様々な色の屋根、青色の空、赤い太陽、白い雲。世界が鮮やかで、賑やかで、息を飲むほどに綺麗だった。
「何これ、凄い、凄いよ」
私は思わず走り出していて、走って走って転んで、そのまま寝転がっていた。
いつか、今までで一番幸せだった瞬間はいつですかと聞かれたら、きっと私は今日のことを話すだろう。
私をここに連れてきたヒトは、寝転がる私に近づいて、そして私の頭を優しく撫でてくれた。その瞬間、何故か強い睡魔に襲われて、もっと眺めていたいという気持ちとは裏腹に、瞼を閉じてしまいそうだった。
「まだ、あともう少し……」
ああ、眠くて眠くて仕方がない。あともう少しだけこの世界を目に焼き付けたいのに。瞼を閉じまいと指で広げてみても、睡魔に勝つことは出来なくて。
そして私は、カラフルな世界でそっと深い深い眠りについた。
8/2/2024, 1:28:13 PM