たぬたぬちゃがま

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「空ってさあ、丸いんだよ」
「いきなりなんの話でしょう……」
いきなり話しかけてきた先輩は、こちらの目をまっすぐ捕らえていた。
「こう、ぽーんと飛び立つとさ。丸く見えるんだよ」
手のジェスチャーを使って説明されるが、知りたいのはそこじゃない。
「そりゃ、地球は丸いですから……」
「そんな縮こまってたら平坦なままだぞ、せっかく高身長なのに」
彼女はパルクールで有名な人らしく、背中に羽が生えている、と評される人だった。これだけ聞いて天使のような性格をイメージされるらしいが、気に入らないからと暴力で返すこともあるらしく、悪魔とも評されてるらしいと噂で聞いた。
「高身長なのと、先輩が僕に話しかけるのと、なんか関係ありますか」
「ない!!パルクールに身長関係ないし!!」
どや、と自信満々に答える彼女は、やっぱり悪魔かもしれない。
「空は楽しいんだよって知ってもらいたかっただけ!縮こまって地面ばかり見てるから!」
猫背気味の背中をバシバシ叩いてくる。先輩の言葉に、僕は「はぁ」とか「まぁ」のような返事しかできなかった。
「どうせ地面ばっか見るなら、踏み込むために見ようや」
肩をガシと掴まれる。目の前には開かれた出窓。もちろんここは3階だ。
「先輩、まさか、あの、僕」
「大丈夫、着地点は教えるから!君のポテンシャルを信じろ!!」
その瞬間、女性とは思えぬ力で出窓から引っ張り出された。
「両足!右手受け、前転!」
とっさに言われた通りに手足を動かすと、グルンと世界が一周した。先生の怒鳴り声が聞こえる気がする。でも、一瞬見えた空が、想像よりも丸くて、広くて。
「やればできるじゃーん。次のミッションは逃走だよ」
徐々に近づいてくる怒鳴り声。彼女の声に引き寄せられるように、僕は彼女の手を取り飛び立った。


【君と飛び立つ】

8/22/2025, 9:05:57 AM