薄墨

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目が覚める。
寝台の上に寝ている。
身体を起こす。
寝台に腰掛ける。

足元で、もうだいぶ昔に見送ったはずの平面展開図の飼い犬が、こちらを見上げている。

寝台の横の机に、輪切りにされた、白い滑らかな食べ物が一切れ、皿の上に置かれている。
丸みのあるフォークが、皿に添えられている。
ベッドランプの白い傘の中で、灯りが仄かに光っている。

あらゆる角度を貼り付けた、ペラペラとした展開図みたいなモノが、部屋へ入ってくる。
キュイーン、と脳に音が響く。
私の妻だ。知っている。
平面の妻は、私に縋りつき、何かを叫んで、嘆く。

足元で、飼い犬が平面の尻尾を振り回す。

いつのまにか、平面展開図の医者がいる。
平面展開図の妻が、医者に食ってかかる。
医者は、ペラペラと妻に何かを説明して、後ろから入ってきた平面展開図の看護婦が、妻の肩と思しきところを支えて、医者から引き剥がす。
キュイーン、と脳に音が響く。

視界には靄が立ち込めている。
この部屋がどこまで広がっているか、どこにドアがあるのかは分からない。
靄だけが立体的で、私の現実に存在するものは、この靄だけではないのかとさえ思う。

医者がこちらに近づいて、私に触れる。
何やら見聞をして、何やらを呟き、何やらを指示し、説明する。
キュイーン、と脳に音が響く。

何も分からない私は、ぼんやりと窓の方を眺める。
窓の外には、塗り込めたような真っ黒が広がっている。

平面の飼い犬が、こちらを見上げて口を開く。
「目を瞑ろう」
「眠ってしまおう」
「眠ってしまえ」
「眠ってしまえば楽になる」

私はゆっくりと目を瞑る。
眠気がゆっくりと私を包み込む。
「眠ってしまえばいい。夢の中も現実も変わらない。眠って終えば楽になる」
歌うような飼い犬の声が、脳に響く。

眠気が私を包み込む……

目が覚める。
寝台の上に寝ている。
身体を起こす。
寝台に腰掛ける……

7/10/2024, 11:52:17 AM