ブリーチはせず、色の落ちた部分にカラーを入れて。カットはそこそこに、アイロンで形を整えることに注力する。
「富田さんは今日何かご予定あるんですか?」
「大事な日なんです」
そう答える彼は、頬を僅かに紅潮させて唇を内にしまい、緊張しているような様子だった。
よく来る客で、連絡先も交換するほど馬が合う彼だったが、こんな一面もあったのかと思う。
「もしかして、デートとか」
「…………内緒です」
はぐらかされてしまった。まあいいや、とそのまま談笑を続ける。
「はい、こんな感じでいかがでしょうか」
「やっぱり乾さんにセットしてもらうのが一番綺麗。ありがとうございます」
美容師冥利につきることを言われて思わず口元が綻ぶ。
「じゃあ、この後のご予定もお気をつけて」
今日はもう予定はないから、といつでも店を閉められる準備をする。
彼は今頃__。いや、いくら仲が良いとはいえお客様にもプライバシーがあるのだから。そう思いつつも脳裏に女性の影がちらついてしまう。
Prrrr、とスマホの電話が鳴って思わずびくっとしてしまった。ディスプレイに浮かぶ、富田蘭の文字。
何か気に食わないところでもあったのかと、恐る恐る受話器のマークをタップした。
「もしもし」
『あ、乾さん、この後予定ありますか?』
「この後?は、、、予定入ってませんが」
『一緒にどこか出かけません?』
「……え」
お題「君は今」
2/26/2024, 10:59:55 PM