名勿し

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まだ冷たい風が頬を掠め、透き通る様な星空の下、
街灯よりも遥かに明るい星を見て、
貴方は夢を見る様に、恋をする様に、
深く、それはそれは深く息を吐いていた。

彼は天文学が好きだった。
届かない星に手を伸ばして、
虚空を掴んでいるのに、その瞳は
星以上の輝きを持っていて、
私はそんな彼の横にいるのが好きだった。
「僕は生まれ変わったら星になりたい!」
とか、言っちゃったりしてさ、

返って、私は文学が好きだった。
数々の名作を残した文豪たちの息吹を感じながら、
夜が更け、朝日が見えるまで読み込んで、
その物語の世界に没頭するのだ。
彼は、物語に夢中になる私を好きだと言った。

星に恋した彼と
本に恋した私が

かの有名な、宮沢賢治の銀河鉄道の夜の様に、
貴方の大好きな天の川で、電車の席が偶然隣になる様な、
銀河を巡る大冒険の様な、そんな出会いをして、
ほんとうのさいわいを、語らう事ができたなら、

私はどれだけ幸せだったでしょう。

ねぇ、貴方はどうして、銀河鉄道の夜に
私を誘ってくれなかったの…?

酔いが回るとこの事しか考えられない。
積み上げられた未読の本が積もる。
本を読んでもしおりを挟む気にはなれない。

だって、貴方がプレゼントしてくれたしおりはね、
貴方が好きだと言ってくれた、
銀河鉄道の夜、101〜102ページ、
蝎の火の話に挟んであるの。

何気ないふりをしながらね。
馬鹿みたいでしょ?使ってないの、

こんな私を、星になった貴方は笑って見てるのかしら。
夜にしか出てこないなんて、私はいつ本を開けばいいの?
私こう見えて忙しいのよ?

貴方は私の本に跡をつけたのに、
私にも星に恋させようとしてるのね。

本当に、欲張りな人

3/30/2024, 4:56:28 PM