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既読がつかないメッセージ


既読がつくはずなどないのだ。
彼女のスマホは、俺が壊して川に捨てたのだから。間違いない。道路に叩きつけて画面を割った後放り投げた。暗い水の中にボチャリと沈んでいった。手の中にはまだ残っていた、あいつの細い首筋を締め付けた感覚が。
震える手でタバコを取り出して火をつける。煙を吸って吐き出しながら俺は彼女宛にメッセージを何度も送る。

『仕事終わらない、ゴメン』
『終わったら、行くから』
『早く会いたい──愛してる』

愛してる、だってさ。メッセージを打ちながら自分で笑った。さっき首を絞めて殺した女へ、愛のメッセージ。
愛してる、あいつがいつも聞きたがっていた言葉だった。

──あなたを愛してる。あたしはあなたをこんなにも、こんなにも愛してるのに。あたしだけを愛して四六時中、もっと言葉を尽くして愛して。あたしがあなたを愛する以上にあたしを愛して。

もう、うんざりだった。彼女に愛してると言われる度、俺は奪われてる気分だった。メッセージに既読をつけないと、それだけで火が尽いたように責め立ててくるような女。俺はあいつとの関係を終わらせたかった。あいつがぐったりと体の力を失うまで、俺は首を掴んで締め付けた。

あいつへの空虚なメッセージは、アリバイ工作のつもりだった。白々しいメッセージを送った後、俺はしばらく黒く流れる川を見つめていた。川は昨夜の雨で水かさを増して勢いよく流れていた。全てを飲み込もうとする濁流は、なんとなくあいつの愛情の求め方みたいだ、と思った。俺はあの流れから逃れたんだ……やっと、あの黒い濁流のような女から。この時の俺は、一人の人間を手に掛けた罪の意識よりも、ただ心からの安堵を感じていた。偽りの安寧だとしても今この時だけは、あいつから逃れた自由を味わっていたかった。
だがスマホの画面に目を戻した時、俺は全身に震えが走るのを感じた。画面に薄い文字が浮かびあがったのが目に入ったからだ──既読の文字が。
はは、そんな筈あるか。顔がひきつる。俺はついさっき、あいつのスマホを壊して川に放り込んだのに。なのになぜ。
指の震えは止まらない。俺の顔は引きつった笑いが張り付いたまま歪んでいく。
彼女への『愛してる』は既読がつかないはずのメッセージ。その横に既読がつくことなどあるわけない。あるわけないのに。

通知が鳴る。彼女からの返信──『私も愛してる』

9/20/2025, 6:10:40 PM