囃子音

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世間は僕が生きていくには少しだけ
明るすぎて、暑すぎて、煙たすぎた

焼け焦げるまえに自ら冷たい海へと
身を投げるしか無かった

お前らは火の国の住人だから
僕の気持ちなど分からないと
仲間にはそうやって当てつけを言って

水底に落ちた僕は
さらに深い海溝を見た
息苦しいまま、そこへ落ちていこうとした
しかし、その縁にはある男が座っていた
手招きされたので、その隣に座った

2人で底知れぬ深い溝をただ見つめる日が続いた
男の周りは水圧がやけに高かったが、心地よかった


ある日、やっと僕は顔を上げた
いつの間にか、朝日が水底を照らしていた
男はふと立ち上がると、僕を立たせ
「さあ、帰る時間だ」
そう言って僕を高くだきあげると、ふっと放した
潮の流れにのって、体はゆっくりとあがっていく
「また、いつでも」

体は揺らめく光源を目指してあがった
眩しくて、思わず目をつぶっていた。
ふと、大きな影がかかったのを感じて目を開けた

そこには、無数の、色とりどりのリボンが
クラゲの足のように揺らめいていた
そうだ、思い出した

僕の仲間はいつも
海に向かってリボンを垂らす
僕が水底へ自分から沈んでしまい
また自分から上がってこようとするまで
釣り人のように、気負わずに
命綱のリボンを垂らして待っていてくれるのだ
最後に岸壁を上がる難所だけ
僕をつかんでぐいっと引き上げてくれる
そんな命綱を
僕が落ちるたびに、そうやって
ただ、待っていてくれたのだ


僕は無数の命綱に覆われてのぼっていくさなか
徐々に光に目を慣らしながら
ふと、いつも、「ありがとう」を
伝えていないことを思い出した

帰ったら、伝えよう
きっと、今度こそ






2/12/2023, 11:09:26 AM