たかなめんたい

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『二人だけの秘密』

夏が本格的に腐り始めた頃の話。

堤防の端に並んで座って、二人とも足をぶらぶらさせていた。コンクリートは昼間の熱をまだ手放していなくて、太腿の裏がじんわりと焼けた。水面は夕日を受けてぎらぎらと光っていたが、少し沖に出たあたりだけ、妙に色が暗かった。透明度とは違う、何か密度のある暗さ。底のほうで何かが沈殿しているような。

「何? あれ」

あなたは顎でそちらを示した。わたしはしばらく目を細めて見ていたが、わからなかった。

「わかんない」

「そりゃそうか」

あなたは小さく笑って、鼻の頭を掻いた。サンダルの片方が脱げかけていたけれど、わたしは黙っていた。言わなくてもいいことを言うのが、どこかで怖かった。そういう夕方だった。

わたしたちはその暗がりを、名前で呼ばなかった。名前をつければ輪郭が固まる。輪郭が固まれば、触れることができる。それがいいことなのか、よくないことなのか、わたしにはまだわからない。触れれば割れるかもしれない。でも、触れられるなら、抱きしめることもできる。どちらかを選ぶのが怖かったのか、どちらでもよかったのか。あの夕暮れの中では、判断のつかないことがたくさんあった。

だから、沈んでいるものはそのまま、海の底に置いておくことにした。砂に少しずつ埋もれていく、形のない何か。言い出せないまま飲み込んだ言葉かもしれないし、大切にしすぎてひびの入ったものかもしれない。あるいは、まだひびも入っていない、ただ重くて沈んでしまったものかもしれない。

波が来るたびに、脚元でぱしゃりと水が割れた。規則的なようで少しずつずれていくリズムが、なぜか落ち着いた。波と波の間の、水が引いていく音がいちばん好きだった。どこかへ連れていかれる音ではなく、静かに戻っていく音。

「さむくない?」

「ちょっとだけ」

あなたは黙って、少し身を寄せた。肩が触れた。わたしは、割れなかった。

あの底に沈んでいるものが何なのか、今でもわからない。夢に見ることはあって、そのたびに違う形をしている。魚の骨のように細いときもあれば、錨ほど重そうなときもある。でも夢の中でも、わたしは潜ろうとしない。潜る勇気がないのか、潜らなくていいと思っているのか、それもよくわからない。

ただ、底に何かがある、とふたりで知っている。その事実だけが、ずっとある。

帰り道、コンビニの前で別れた。外灯の下で、あなたは一度振り返った。何か言おうとして、やめたみたいだった。言えばよかったのかもしれないし、言わなくてよかったのかもしれない。わたしにはわからない。でも、あなたが振り返ったことは、わかった。

それが、わたしたちの秘密の、輪郭だった。

5/4/2026, 6:33:23 AM