ただあの日は、僕が学級日誌にシャーペンを走らせる音だけが、僕と君しか居ない放課後の教室に流れていた。たしか君は僕の横の席に座ってスマホをいじりながら、僕が日誌を書き終わるのを待っていた。
しかし、僕と君の間に会話はなかった。
僕が話しかけても、君は何処か上の空で、ぼんやりとした返事しか返ってこなかったものだから、何か考え事をしているのだろうと思って、僕は口を閉じて、日誌をさっさと書いてしまおうとせっせと手を動かしていた。
君が僕の名前を呼んだのは、たしか日誌をもう少しで書き終わるって時だったと思う。
僕は顔を上げて、隣に座る君のほうを向いた。
途端に目にきつい光が飛び込んできて、うっ、と顔をしかめた。君は逆光を浴びて全身黒のシルエットみたいになっていたことを覚えている。
君は僕の顔を見て、しっかりとこう呟いた。
「好き」
驚いた。僕はポカンと間抜けに口を開けて君の顔を凝視していたことだと思う。といっても、君の顔は逆光のせいで真っ黒になっていて、表情なんか分からなかったのだけれど。
何秒だっただろうか、僕はフリーズしてしまっていた。
そんな僕を解凍させたのは君の一言だった。
「なんてね、冗談だよ」
その言葉を聞いて酷く安堵した。だって君を恋愛的に好きだとか、そんなの考えたことがなくて、凄く動揺したから。
僕はほっと息を吐いて笑った。
「びっくりしたー!だよね、冗談だよね」
相変わらず君の表情は分からなかったけれど、多分笑っているだろうと思っていた。
けれど、本当は泣き出しそうな顔をしていたらしい、今初めて知った。
「それ、本当?」
僕が隣で歩く君にそう尋ねた。君はむっと顔をしかめた。
「本当だよ、マジで傷ついた」
「…ごめんね」
僕が謝ると、君はふふっと微笑んだ。
「まぁ、良いけどね」
そう言って、君はするりと僕の指に指を絡めた。
恋人つなぎだ。
「今はこうだから、許す!」
君はにこにこと笑っている。僕も笑って繋がれた手をぎゅっと握りしめた。
1/25/2023, 9:55:47 AM