またね!
ピーター・パンはそう言って、きらきらと光の粉を散らしながら、夜の街へと飛んで行きました。
あ、まって!
思わず叫んで窓に駆け寄ってみましたが、そこには寝静まった住宅街が広がっているだけ。置いてけぼりをくらった私の声が、一人寂しく宙を舞いました。
私はしばらく呆然と外を見つめていましたが、そのうち冷たい風が頬に当たって目が醒めました。
今日もピーター・パンが帰ってしまった。
そう実感した途端、夢に満ちていた私の部屋はただの四角い箱になって、私を小さな六畳半に閉じ込めてしまいます。
人よりほんの少しできの悪い私は、学校でも家でさえも、いつもうまく馴染めませんでした。
そんな私に唯一興味を持ってくれるのは、自らをピーター・パンと名乗る不思議な少年だけでした。
眠れないある夜、彼は突然やってきて、私の部屋の窓をこつこつと叩きました。鳥か何かがぶつかったのだろうと思ってカーテンを開けると、そこには小さな男の子が浮かんでいるじゃありませんか。彼は入れてよ、と無邪気に言って、くるりと宙を一回転しました。その姿は、まるで幼い頃に絵本で読んだピーター・パンのようでした。
それから私は彼を部屋へ招き入れ、色々なお話をしました。私の通っている学校のこと。彼の住んでいるネバーランドのこと。私のちょっぴり苦手なピーナッツバターのこと。彼の友人である妖精のこと。
一通り話し終えると、彼はけらけら笑いながら、君は面白いね、と言いました。
面白い?私が?
私は目をまんまるにして聞き返しました。今までそんな風に言われたことなどなかったのです。
とっても面白いよ!君は僕の知らないことをいっぱい知ってる。
そうかなあ。
首を傾げる私を見て、彼はまたけらけらと笑いました。そのまま台本の続きのように、
そうだ、そろそろ夜明けが来るよ。
と言い出して、ふわりと窓の方へ飛んでいきます。
あ、まって
またね!
そうしてはじめましての日も、私のまってが届かないうちに、彼はどこかへ飛んで行ってしまいました。ちょうど、今日のように。
私は彼と出会った日のことを思い返しながら、じいっと部屋の天井を見つめました。さっきまで窓辺にいたはずの私は、いつのまにかベッドに横たわっています。私はふと思い立って、彼の去った方を見やりました。窓はとうの昔に死んでしまったかのように、固く冷たく閉ざされています。私はいつの間に窓を閉めたかしら、と思いました。
本当は、全部夢だったのかもしれない、と私は知っています。彼はピーター・パンでも何でもなくて、彼と出会ったのも、彼の存在も、私の毎夜見ている夢なのかもしれません。けれど、それでいいのです。夢ならば、彼はいつまでも私の元へ来てくれますから。
いっそ、彼のいない世界の方が夢だったらいいのにな。
まだほの暗い空を尻目に、今度こそ醒めませんようにと祈りながら、私は再び目を閉じました。
『またね!』
3/31/2025, 4:43:07 PM