きゅうり

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鬱蒼とした森の奥に1つの影が落ちる。

影は最初こそ人の形をしていたが、月の光が出てくるのに比例して段々とそれは獣へと形を変えて行った。

暫くすると、蠢きながら形を変えていた人であった獣はピタリと動きを止めた。かと思えば、瞬く間に駆け出した。
走り出す方向を見るに、向かう先は反り立つ崖であるようだった。

獣は崖の縁へとたどり着くと、欠けていない大きな月に向かって何かを訴えるように大きく吠えた。

――遠吠えはやがて、森の麓の村まで届き、村人たちを震え上がらせる。

『今日の夜は満月だ、人狼が村を襲いに来るかもしれない。』
『備えろ備えろ。』
『恐ろしい獣の腹の中に入りたくなければ、女子供を隠して獣に備えろ。』

村の男たちは口々にそんなことを言い、恐ろしい獣から村を守るために満月の夜は眠ることなく、緊張した面持ちで夜が明けるのをまだかまだかと待っていた。


そんな時、人狼は嘆いていた。
人である私が、獣になろうとも、人の理性を持っていたのなら、彼らを襲うことはしないのに。と。

人としての理性保ったまま身体だけ獣になる苦痛は測りきれないものだった。
この身を目に入れるともなると、人はすぐさま悲鳴をあげながら逃げ出す。


人々は彼の身体が獣に変わり果てた姿を見ると、心までもが獣となり、自分たちを襲うものだと思っているようだが、それは違かった。
人狼とは、満月に狼へ姿を変えるだけで、獣としての本能が芽ばえることはない。
人狼の性質とは、人としての理性を持ったまま、獣へと姿を変えるだけのものだった。

真の性質がそれであったが故に、男は獣と変わることに苦しんだ。
なぜなら、人でありながら獣に身を落とすことは、土の中に生きたまま埋められることと同様な程に息苦しく、身動きの取れない苦しみであったからだ。

1度獣へと変わる様子を村人に見られると、男は村からすぐさま追い出された。
人の姿であるときも石をぶつけられ、お前みたいな化け物は死んでしまえと罵られ、生きてる価値すら奪われた。

そんな村から逃げるようにして、深く山へと移り住んだ男は満月の夜になると決まって遠吠えをするようになった。
心は獣へと変わらぬが、人々に理解されぬ自分の存在と、姿形だけで本質を見ようとしない人の性を憎み、悲しんで嘆くように、一晩中哭き続けた。

皮肉な事に、月夜の元で嘆く声がまたも村人を怯えさせていることなどなにも知らずに。




―――人狼の嘆き

お題【月夜】

3/7/2024, 3:51:43 PM