*長いです
「何もいらない!?!?」
とある寂れた、小さなビルの中にある一室で、女性の驚き声が響き渡った。
温かみのある白い壁と、木のフローリング床の一室に、人間の姿をした女性と男性が居る。
一人は大人と子供を混ぜた、不思議な雰囲気の女性。ベージュの髪を肩下まで伸ばし、カーキの眼と、同じ色の上着を羽織っている。
もう一人は、精悍な顔立ちをした男性。強風に吹かれた様なオレンジ髪に、赤紫の目。騎士の様な白いマントに、腰のベルトには刀の様な物が刺さっている。
窓際に設置された、パソコン室にあるタイプの椅子に腰掛けている男性は、目の前の机に置かれたそれを、苦い顔で見つめていた。
それは、何度も洗われたようなボロい袋だ。ゴブリンが持っていそうなそれは、大きく膨らんでいる。
それを上から、女性がじーっと眺める。苦い顔をする。そこに入っていたのは、キンキラギンに輝くお金だった。
女性は困惑しながら、男性に状況を確認する。
「え、なに?本当に見返りも無しでくれたの?」
「『私には必要のない物だから』って、将棋仲間のお爺さんが渡してきて…『何かお返しを』と聞いても、何も答えてくれなかった」
「えーーー?」
ドン引きしながら、女性は袋の中を確認する。触ったり、踏んでみたり、曲げようとしても、壊れる事は無い。自身の物と確認しても、明らかな偽装は見つからなかった。
「おそらく本物だよ。ねぇ、やなぎ」
やなぎと呼ばれた女性は、視線を男性に映す。
「申し訳ないんだけど、彼の自宅を教えるから、このお金を返しに行って来てくれないか?流石に受け取れないし、受け取るにしても、お返しはしないと」
「そうだね……流石に怖いよこのお金。いくら私達が現在進行形で財政難だとしても、いろんなリスクを孕みすぎてるし」
やなぎは住所をメモし、お金の入った袋を鞄の中に入れて、部屋から出る。
「それじゃジョニー、行ってきます」
「うん、行ってらっしゃい」
やなぎを見送り、ジョニーと呼ばれた男性は、軽いため息をついた。
一つの考察が、当たらないことを祈りながら。
ビルから出たやなぎは、人通りの多い商店街を歩く。
しかしそれは人では無い。確かに殆どは人間の様な立ち姿だ。頭が一つあって、腕が2本あって、足が2本ある。だが所々、個性的に姿が違う。
服を持って呼び込みをしている女性の顔はノートだし、コロッケを渡している子供の背中には、ドラゴンの様な緑色の翼が生えている。上を見れば、妖精の様な小さな体と羽を持った集団が、観光をしていた。
左右を見渡せば、『思者(ししゃ)限定サービス!』や『かわいい想背者(そせいしゃ)達によるマッサージ』などといった看板が、所狭しに並べられている。
「そこの緑のコートのお姉さん!あんた人間の姿のままじゃないか…死んだばっかの思者かい?うちなら想いを沢山稼げるよ!」
「お気遣いありがとう〜でも大丈夫、アテはあるんだ」
ディスりが入ったキャッチを軽く流し、やなぎはその場を去る。勿論、声をかけて来たキャッチの姿は人間では無く、ワニ人間の様なゴツゴツとした姿だった。
そうやって歩き始めて10分ほど。商店街を抜け、更にやなぎは歩き続ける。
周囲は段々と寂しくなり、家よりも畑や花々などといった自然が増え始める。
ピンクのイチョウ並木を抜け、銀色に輝くひまわり畑を抜け、毒林檎が流れる川を越えた頃。
そこには大きな豪邸が建っていた。緑色の屋根に、クォーツの様な透明感がある白で建てられたそれは、西洋にありそうな貴族のお屋敷。それを守る様に黒い柵が周囲を囲い、中央には金色の装飾が施された門と、チャイムが設置されている。
やなぎはそのチャイムを押す。何も音は聞こえない。しかし、別の音が聞こえた。それはチャイムから聞こえる応答でも無いし、門が開く音でも無い。
嗚咽の様な、それをエコーで隠した様な、吐き気がしそうな、葬式で聞こえそうな音。
「狂者(きょうしゃ)か」
やなぎは己の答えを呟き、門に手をかける。鍵はかかっていない。
やなぎは軽くジャンプをした。足の裏に想いを込める。すると、強い風が吹き出て、ジェットスキーの要領で高く飛び上がった。風で髪と上着が靡く。屋敷を越えるまで高度を上げ続けた。
声のした方、屋敷の裏に近づく。そこは庭だと推測できる、芝生で作られた広い空間が広がっていた。
そこにポツンと、ナニカが立っていた。黒い人影。やなぎは静かに、庭へと降り立つ。黒い人影が振り向いた。
それは確かに頭が一つあって、腕が2本あって、脚が2本生えている。
でもそれは人間ではなかった。顔は真っ赤なペンキで塗りたくったのっぺらぼうで、体は黒の全身タイツを着ている様な、漆黒に呑み込まれている。
ソレは静かにそこに居る。後ろにある何かを守る様に、隠す様に、佇んでいる。
やなぎはソレに向かって歩き、手を繋げるほど近づいた。ソレは何もしてこない。ただ、立っているだけ。
そして………
やなぎは、ソレが守っていた何かに近づいた。芝生にじわじわと染み込む、赤い液体を踏んで。
それは胸ぐらいまでの大きさの、長方形の石だった。黒と紺が混じった色のその表面には、文字が刻まれている様に見える。しかし、硬い何かで傷つけられたのか、それを読むことは出来ない。
それはお墓だった。やなぎはそう認識した。静かに目を閉じて、手を合わせる。日本人がする、その仕草だ。
恵方巻きの様な時間が経ち、風が吹いた。転がったステンレスの花瓶と、萎れた花が、静かに揺れる。
やなぎは目を開けた。そして呟いた。
「そっか…」
やなぎは、悲しそうに微笑んだ。
「お金は持っていけないもんね」
数日後。あの庭には、二人の人影があった。やなぎとジョニーは、掃除道具を持って、庭の掃除をしている。
「めんどくさいよね、想者(そうしゃ)って」
「なんでそう思うんだい」
ジョニーが、黒と紺の石を水で濡らしながら聞いた。
「人間は死んだらさ、死体になって終わりだけど、想者は違う。発狂して、狂者になって、誰かを襲う。」
「人間にとっての、認知症みたいなものじゃないか」
「誰かに迷惑をかけて、自己を見失う点では同じだけどさ…なんかこっちの方が実害が更に出るじゃん」
「でも、死体は残らないよ」
「そりゃそうだけど」
庭をきれいにし終わった二人は、最後に石に向かって手を合わせる。それを終え、道具を持って背を向け、帰ろうと歩き始める。
「お金、どうするの?」
「そうだな…それじゃぁ…」
「将棋盤でも買おうかな」
笑い声の様な風が、庭を吹き抜けた。
お題『何もいらない』 文字数 2627
やなぎ 主人公 "自由"の思者 若干チャラい
風を操って、飛んだり蹴ったりする。
ジョニー 情報屋を営む"感謝"の思者 ジョニーはあだ名
腰にある剣みたいな物は使っていない
お爺さん 狂者になってしまった想背者
4/21/2026, 8:42:31 AM